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何もしないベランダコーヒー

 何もせず、ただ、ベランダでコーヒーを飲んでみました。これが本来のベランダコーヒーのはずでした。

 でも、何度もベランダでコーヒーを飲むうちに、あれこれとやってみたくなり、そのうち、つい悪い癖で、なるべくこの時間を効率的に使おうなどという俗世間的な考え方に囚われていってしまいました。本来は、瞑想的に体も心も緩めることが目的だったのに。

 久しぶりに、コーヒーが入ったマグカップひとつだけを持ってベランダに出ました。

 三月の朝日はベランダのほぼ中央に昇ってくるようになりました。こういう小さなことでも季節の移ろいを感じられます。

 マグカップを片手に、用意したディレクターズチェアに座ってまず目に飛び込んできたのは、日差しにキラキラ輝く木々の葉っぱでした。真っ青な空にどっしり構えている太陽の日差しはこの時期でもかなり強力です。目を閉じて太陽に顔を向けると、眉間から真っ直ぐに入ってくる太陽の光で頭の中が照らされて、邪念が除菌されていくようです。

 かすかに頬に触れるそよ風は、まだひんやりと冷たく心地いいです。目を閉じると香りに敏感になるのか、この季節に特徴的な沈丁花の香りではなく、なぜか、新芽が芽吹く緑っぽい香りがしたように感じました。鼻に入ってくる空気はまだ冷たいのに、花の季節の先の新緑の気配を感じられたようで嬉しくなります。

 視界を遮ると、聴覚も研ぎ澄まされて、遠くから聞こえる音にも敏感になります。一日がまさに始まろうとしている人の動きを感じられる音が聞こえてきます。それは喧騒ではなく、
「あー、今日も人が生きている」
と知らせてくれる心強くなるような音です。

 目の前の道路を、仕事や学校に向かう人たちが足早に通り過ぎて行きます。自転車に乗っている人、本を読みながら歩く人、小走りにバス停に急ぐ人、ガラス窓に映る自分の姿で身だしなみを整える人。皆一様にマスクをしているのが、この季節らしいと思えないのが、コロナ騒動の真っ只中にある現実を突きつけます。

 目の端に動くものを感じたと思ったら、飼い猫の小太郎がベランダに出てきました。手すりの影がくっきりと映るベランダをひととおり見て回り、ゴミ箱に飛び乗って、ベランダの壁の隙間から道路を興味深そうに覗き見しています。全方位を確かめるように、首を回しながら当たりを見ています。そそくさと部屋の中に戻って行ったと思ったら、日差しが適度に床を暖めている場所に香箱座りをして落ち着いていました。

 平和な朝の時間です。これからますます日の出が早くなる季節です。せっかくだから、早起きして自分だけの静かな時間を過ごしてみませんか。

 年度末や卒業、入学、進学、引っ越しなど、四季の移ろいの中でも、この冬から春への移行期間が一番浮き足立ってしまうように感じます。早朝の何もしないベランダコーヒーで心と体を整えると、少しは上手にこの季節を過ごせそうです。

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