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市民が幸せになっているという肌感覚を可視化〜生駒市シティプロモーション施策〜

奈良県生駒市。私たち&PUBLICがこの地を訪れたのは2023年8月のことでした。関西の主要都市へのアクセスがよく、ベッドタウンとして知られている生駒市。電車で生駒駅に向かうと、車窓の風景は徐々にのどかになっていきます。駅からも、市役所からも望むことができる生駒山は、まちのシンボルのようでした。

生駒市役所の広報広聴課は、2013年からシティプロモーションを始めました。民間企業から市役所に転職し、アイデアマンで活動的な大垣弥生さん。新卒から市役所で働く、丁寧で実直な村田充弘さん。私たちが生駒市を訪れた理由は、得意なことが全く違うというお二人が担当するシティプロモーション施策の社会価値を可視化するお手伝いをするためでした。

数ヶ月間、広報広聴課のみなさんとともに地域の方々と触れ合うと、生駒のイメージが単なるベッドタウンから大きく変わることとなりました。このまちでは、個性ある市民が暮らしを楽しみ、市民自らがその楽しさを発信することで新たな繋がりが生まれていたのです。

1月に完成した生駒市シティプロモーションの「価値創造モデル」を見ながら、これまでの10年間や&PUBLICとの協働のきっかけ、これからの展望を聞きました。

◎生駒市のシティプロモーション施策とは

奈良県生駒市役所 広報広聴課のみなさん

生駒市のシティプロモーションは単なる情報発信事業ではありません。本事業では「まちのファンづくり」を合言葉に人々の関係性をデザインし、主体的に地域に関わろうとする意欲を高めることを目指しています。主な事業に、生駒市の魅力を発掘し、市公式SNSで発信する市民 PR チーム「いこまち宣伝部」、地域とのつながりを大切にしながら自らの暮らしをつくろうとする人たちの姿を通して、生駒に深く触れられるメディア「good cycle ikoma」などがあります。

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◎大垣弥生さんプロフィール
奈良県生駒市役所 広報広聴課長 / 大学卒業後、百貨店の販売推進を10年間担当。平成20年に奈良県生駒市に入庁し、広報紙改革や採用広報に携わる。令和2年度から現職で、広報とシティプロモーションを担当。人が出会い、緩やかにつながる企画を考えることとおいしいものを食べることが好き。一人娘を溺愛し、子離れの方法に苦悩中。地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2017受賞。

◎村田充弘さんプロフィール
奈良県生駒市役所 広報広聴課主幹 兼 プロモーション係長 / 平成19年に奈良県生駒市に新卒入庁。学校教育や幼稚園に関する業務を6年担当。その後、広報広聴課で広報やシティプロモーションを担当し11年目。2児の父で、家族と旅行やキャンプに行くことが何よりのご褒美。生駒山上遊園地で子ども向けのダンスコンテストを毎年開催するなど、公私にわたり生駒を楽しむ。

◎可視化しづらかった「関係性の変化」という成果

ーー今回、シティプロモーション施策の社会価値を可視化しようと思われた理由は?

(大垣さん)シティプロモーション施策を始めた10年前から、施策の意図や成果を説明することが課題でした。というのも、行政の仕事は計画に沿って進めるものが多い中で、この施策は計画を作らずに進めていたんです。さらに行政の仕事は「定量的な成果」を求められる一方、私たちがめざす「関係性の変化」という成果は数値化しづらいもの。その分、市議会から「予算を割くにふさわしい事業なのか」「どれだけの成果を上げているのか」と問われることが多くありました。

ーー計画がなかった…?

(村田さん)「プロモーション戦略」いう言葉はよく他の自治体で耳にしますが、私たちはあえて先に戦略をつくらず実践を重ねながらやってきたのです。

(大垣さん)というのも、シティプロモーションのどんな事業がどんな成果をうみだすかは前例がないので予想できず、やってみないとわからなかったんです。この10年間は試行錯誤の10年間。いろんな失敗もしました。

(村田さん)立ち上げ当初は転入者向けのバスツアーなんかも企画していたんですよ。バスツアーの実施をメディアに案内すると、「市役所が営業するんですか」と言われたりもしましたね。当初の目標は「生駒LOVEな人を増やす」という、今思えばなんとも曖昧でした。

立ち上げ当初のバスツアー

ーー「戦略をつくらないという戦略」でこれまで活動してこられたわけですね。議会から成果を問われたときには、どのように対応されてきたのでしょうか。

(大垣さん)定性的な変化を説明したり、参加者にアンケートを実施することで気持ちの変化を見える化しようとしてきました。しかし、私たちが目指す「関係性の変化」「地域に関わりたいという意欲の向上」は直接見えないもの。伝えることの難しさを痛感する日々でした。シティプロモーションという言葉には、「行政の情報発信」のイメージがありますよね。でも、地域をつくる主体は、生駒で暮らす市民の皆さんです。地域に無関心な人ばかりでは「みんなでまちを良くしよう」という気持ちやアクションは起こらず、どれだけ行政が情報を発信しても魅力の乏しいまちになると私たちは考えました。そこで、まちが良くなるための活動を応援‧感謝したり、そんな活動に参加‧挑戦したりする市民を増やすために、市民自身がまちの魅力を発信する「いこまち宣伝部」の活動を始めました。しかし、立ち上げ当初はシティプロモーションの事業としては理解されづらかったのです。

(村田さん)10年前は行政が莫大な予算をかけて話題作りをすることが流行していました。いこまち宣伝部をスタートするときは、「こんな事業は失敗する」「課題解決できていない」「遊んでいるだけじゃないのか」「困っている人を助けるのが市役所ではないのか」…市役所内外からさまざまな批判を受けてきた事業なんです。でも、事業をやっている私たちの肌感覚では市民が幸せになっているという確信がありました。批判に対しては、一つひとつ具体例を挙げながら説明してきましたが限界がありましたね。

(大垣さん)家で「もう仕事をやめようかな」と弱音を吐いたこともありました。私のことをよく理解している娘に、「ママは働かんかったほうがしんどいと思うで」と一蹴されましたが(笑)。

ーーしかし2022年に「いこまち宣伝部」は地域の魅力を発信する市民PRチームとしてグッドデザイン賞を受賞されるなど、大きなインパクトを残していますよね。受賞によって市役所内での評価も大きく変わったのではありませんか。

(村田さん)宣伝部のメンバーである市民の方々や、これまで宣伝部を担当してきた市職員とは受賞を喜び合いましたが、市役所内のリアクションは少なめでしたね(笑)。受賞によって事業がやりやすくなった…ということは決してありませんでした。

(大垣さん)市民の皆さんが心を動かされる瞬間をともにした経験のある同僚には理解してもらえるんですけどね。

◎価値創造モデルにより市役所内外のコミュニケーションが変化

ーー市役所全体や議会全体に理解してもらうのは難しかったということですね…。そんな中で、今回&PUBLICとともにシティプロモーション事業の社会価値可視化に取り組もうと思われた決め手を教えていただけますか。

(大垣さん)生駒市には協創対話窓口と呼ばれる窓口があり、&PUBLICの皆さんから施策の社会価値を可視化しましょうと提案がありました。HPを拝見したところ「これだ!」と感じたんです。私たちは自分たちでめざす成果を言語化しようと試みてきましたが、今思えば私たちが説明していたのは長期成果だけでした。それに至る初期成果や中間成果は言語化できていなかったのです。

完成した生駒市シティプロモーション施策の価値創造モデル

ーー長期成果に至るまでのマイルストーンを明確にしようとされたわけですね。実際に価値創造モデルを作成されていかがでしたか。

(村田さん)市役所内では「よくぞ作ってくれた」「各事業でもつくるべきだ」という声が聞かれました。さらに、公表された価値創造モデルをみて、協働したいと言ってくださる民間企業の方もいらっしゃいました。モデルの解像度が高いので、「私たちの会社はここで協働できる」というのが明確にわかると言っていただけました。作成の過程では、想定以上に言葉選びを慎重に行ったことが印象深いです。この経験は自分自身の今後のキャリアにも生かせると思います。

(大垣さん)モデル策定においては、20人の市民の方々と「シティプロモーションの活動に関わったから起こった変化」を3時間語り合うワークショップを行いました。長時間にも関わらず主体的に楽しんで参加されている様子は嬉しかったですね。終了後に、&PUBLICの担当者のFacebookに寄せられた参加者からのコメントを読んで、さらに嬉しくなりました。今回作成したモデルはこれまで行政が立案してきた「総合計画」などとは本質的に異なります。今回作成したモデルは市民の方々の実際の変化をもとに作成した、実績に基づいたものだからです。

市民の方々が参加してのワークショップ

ーーなるほど、市民の方とともにつくった地図と言えるかもしれませんね。シティプロモーションのイメージでは、「移住者を増やす」「納税者である働き盛り世代の人口を増やす」といった言葉が並びそうですが、今回策定されたモデルにはそういった言葉が全くありませんね。

(大垣さん)そこが「生駒らしいね」と言っていただけるポイントです。あくまで、根底にあるのは「生駒に暮らす人々の幸福度の向上」なんです。今は、価値創造モデルを作成し、それを公表しただけの段階ですが、このモデルを活用して誰とどのようなコミュニケーションをとっていくかが重要だと思っています。

ーー私たちも、ロジックモデルはあくまで「コミュニケーションツール」だと考えています。どのようなコミュニケーションを取ろうと考えておられますか。

(村田さん)ロジックモデルはまだ浸透していないので、具体例とともに説明するようにしています。例えば、いこまち宣伝部への市民の参画は「生駒への関心の増加」、宣伝部の取材活動は「年齢や所属を超えた関係性の構築と拡大」などと説明すると、納得していただきやすいように思います。

(大垣さん)このモデルを活用することで、施策の説明がしやすくなると思っています。また、判断基準が明確になったので、すでに広報広聴課内のコミュニケーションはスムーズになりました。初期成果から中間成果、長期成果にわたる道筋を描けたことで、「この事業は求める成果を生み出せそうだ」「この事業は改善が必要じゃないか」と判断しやすくなりました。

(村田さん)事業には思い入れがあるため、長くやってきた事業ほど客観的にやめるという判断がしづらいんです。これは、シティプロモーション事業以外にも同様に言えることなので、ぜひ他事業にも広げていきたいです。

ーーロジックモデルによって、事業の取捨選択をするための「物差し」ができたということですね。今回は単なるモデル策定だけでなく、コミュニケーションレポートも作成しました。このレポートについてはどのように活用される予定でしょうか。

(大垣さん)コミュニケーションレポートの作成意図は「私たちはこの施策についてこう考えています」と伝え、「市民の皆さんの意見を聞かせてください」と耳を傾けることにあります。私たちの所属する広報”広聴”課という名前にある通り、市民の方々からもフィードバックをもらえたらいいなと思います。

公開されたコミュニケーションレポート

◎事業の加速化とノウハウの横展開

ーー最後に、これからの展望をお聞かせください。

(大垣さん)現在、「いこまち宣伝部」「いこまちマーケット部」は1年間で約30名の市民の方々に参画いただいていますが、スピードを上げて生駒のために活動する人を1年でもっと増やしていきたいと思っています。そのためには、シティプロモーションに全庁をあげて取り組んでいく必要があります。また、市民の方々の活動の輪を増やしていくお手伝いを今よりもできたらと思います。

(村田さん)私たちの活動は、市民の方々との関係が繋がり続けるものです。「いこまち宣伝部」の卒業生がその後地域で活動したり、起業したりするなどして、市役所の別の部署と関りをもつというよい循環が生まれつつあります。私たちが架け橋となり、市民の方々と市役所との接点の持ち方を増やしていきたいと考えています。また、私たちがロジックモデル策定の過程で学んだ効果検証の方法についても、市役所内で横展開していきたいです。

ーー本日はさまざまな葛藤や喜びを教えてくださりありがとうございました。

(大垣さん)あ、最後にひとつよろしいですか。市民の方とのワークショップのあと、&PUBLICの桑原さんからかけられた言葉が忘れられないんです。「たった10年で、市民の皆さんと素敵な関係性を築き、こんな光景をつくることができるなんてすごいことです」と。これまで、10年かけてもわずかな成果しか上げられていないと思っていました。その言葉を聞いて涙が出そうになったことをお伝えしたくて。

ーーありがとうございます。生駒市の未来を楽しみにしています。

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