映画『うみべの女の子』が10年振りに気づかせてくれた事実
映画『うみべの女の子』を見て、小梅と磯部が体温を得たと感じた。
より「生々しく」
2021年8月20日に公開された映画『うみべの女の子』。中学生による性行為の描写が存在する原作漫画の実写化に対し、当初はどのような映画となるのか不安の声もあがった。
完成した本作を鑑賞した原作者である浅野氏は次のようなコメントを残した。
『小梅』と『磯辺』が確かにそこにいます。より生々しく、より切実に。10代の瞬きにノスタルジーを感じながらも、今現在の自分がその延長線上にいるということを再認識させてくれる作品でした。そういえばいつだったか自分も、あの街の『小梅』であり『磯辺』だったのです(『浅野いにお「うみべの女の子」実写映画化、挿入曲にはっぴいえんど「風をあつめて」』コミックナタリー)
劇場で映画を見たが、まさしくその通りであった。およそ10年前と変わらない。いや、より生生しさを感じたふたりとふたりの世界がスクリーンのなかに存在していた。
痛みと哀しさと
ほんの少しの期待
つよく生々しさを感じたのは「青木柚」の演じる磯部だ。磯部の口から発せられる刺々しい言葉は、音として耳に刺さった。
愛のある
セックスなんて
幻想なんだよ‼
自分の腹黒さに無自覚で平然と生きてられる奴が世の中多過ぎるから
俺等は生きてるだけで息が苦しいってことを
お前は一度でも想像したことある?
漫画でも心拍の高鳴りを覚えた磯部の言葉ひとつひとつが、より鋭く、青みを増して耳に刺さり、体内を貫き、心に刺さった。まるで中学時代に友人と口喧嘩をしたときのような痛みを感じ、磯部の生を覚えた。
また小梅と磯部が体を重ねるシーンからは、体温の乗算から放出された熱の温かさ。そして交わることのなかったであろう磯部と小梅の思いから哀しさを覚えた。
原作を読んでいたわたしは物語の結末を知っていた。しかし映画の中ではふたりの思いは交わるかもしれないという期待をした瞬間があった。三崎先輩たちと遊んだことによって傷つき、磯部の部屋を訪れた小梅が「磯部に会いに来たんだよ」と叫んだ場面である。小梅が磯部にぶつけたこの台詞は、原作にはないものであったからだ。
もしかしたら映画のなかの小梅と磯部は心を通い合わせ、満たしあうことができるかもしれない。しかし夜が明けたあとも、物語は原作の景色を忠実に映し進んでいった。
学校もより生々しく
小梅と磯部だけでなく、ふたりの通う学校も生生しさを増していた。
くるぶしが隠れる長さの白い靴下を履いた中学生たちや、桂子の純粋な明るさ。磯部と鹿島が殴り合いの喧嘩をする場面で、校内に響いた先生の怒鳴り声に息が詰まる感覚を覚えた。
磯部が「…だから何で泣くの?/許してほしいならオナニーしながらションベンしろよ今ここですぐ」などの言葉を小梅にぶつけるシーンの背景に、同じ学校に通う生徒が歩く姿が見えたことに学校、もしくは田舎という世界の狭さと息苦しさを覚えた。
10年振りに気づかせてくれた事実
浅野氏は準備段階の脚本を読んだ際、小梅が高校生となったシーンを入れてほしいとお願いしたらしい(参考:映画『うみべの女の子』公式パンフレット)。
正直、小梅が大津くんと付き合い、鹿島が小梅に告白するシーンがなくても、小梅と磯部の物語は成立するのではないか。そんな風に思っていた。
映画の終盤、高校生になった小梅の日常を見て、小梅を演じた石川瑠華さんの演技に驚いた。高校生の小梅の大人らしさを感じ、その瞬間に中学生だった小梅の幼さがはっきりと浮かび上がった。声の高さとか、発する言葉の柔らかさとか、当時20代だった石川さん演じる小梅が中学生だったことを思い返した。
物語の世界に入り込みすぎて、見失いそうになっていた事実。『うみべの女の子』に登場していた小梅と磯部は中学生だったことを思い出した。そして驚愕した。
映画『うみべの女の子』は、はじめて『うみべの女の子』を読んだときの衝撃、10年振りに小梅と磯部の物語が中学生のお話であることを思い出させてくれた。
『うみべの女の子』
出演:石川瑠華 青木柚 前田旺志郎 中田青渚 倉悠貴 宮崎優 高橋里恩 平井亜門 円井わん 西洋亮 高崎かなみ いまおかしんじ 村上淳
原作:浅野いにお
監督・脚本・編集:ウエダアツシ
音楽:world's end girlfriend
挿入曲:はっぴいえんど「風をあつめて」(PONY CANYON/URC records)
【執筆後記】
こんばんは。あんどうと申します。本稿をご覧いただき、誠にありがとうございます。夜に涼しさを感じる日々になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
わたしが『うみべの女の子』という作品に出会ったのは中学生のころでした。週刊少年ジャンプしか知らなかったわたしに、漫画の世界の奥深いところを指さしてくれたような作品だったと記憶しています。思春期を迎え異性に恋心を抱くわたしに、自分の恋はさびしさを埋めるためのものであったことに気づかせてくれた作品でもあります。
スクールカーストではある程度の階級に位置するも、学校に息苦しさを覚え、両親との付き合い方に悩み、孤独を埋めるために芽生えた感情を恋と勘違いしていました。だからこそ、当時付き合ったクラスメイトとの関係は長く続きませんでした。
『うみべの女の子』を通して小梅と磯部の関係を読者という立場から見ることができたからこそ、今のわたしにとって、孤独を埋めるために恋をした経験がイニシエーションとしての価値のあるものになったと感じている次第です。ただ、当時のわたしに付き合ってくれたあなたには、本当に申し訳ないと思っています。これからは誠実に生きようと思っています。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。良い夜をお過ごしいただけますと幸いです。
それでは、おやすみなさい。
あんどう
※「リアルサウンドブック」で描かせていただいた『うみべの女の子』の書評です。もしよろしければ、ご覧いただけるとうれしいです。
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