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稲宮康人・中島三千男『神国の「残影」』(国書刊行会)

Twitterで相互フォローしている写真家の稲宮康人さんに恵投いただいた。(わざわざ書かなくていいと思われるかもしれないが、一度、「恵投いただいた」と言ってみたかったのである。)

最初に告白しておくと、お送り頂いた写真集とそこに映し出されているものの前知識は私にはまったくなく、また、「写真」そのものについても詳しくはない。だから、これから書く感想も的外れなものである可能性もある。その点は、ご容赦いただきたい。

『神国の「残影」』というタイトルが示すように、戦前のかつての大日本帝国が海外植民地とした地域に創建した神社の跡地をめぐった写真集である。後半に長く詳細な解説が付されているので、そこを読めば、知識のない人にもおおよそのことはわかるようになっている。ただ、それを読まずに前半の写真集を眺めただけで、撮影にかけた労力の大きさは察せられる。当然のことながら、かつての大日本帝国の海外植民地は敗戦と同時に失われている。そこに創建された神社が、かつての原型をとどめていることの方が少なく、荒地の中にわずかな残滓が残されているようなものもあれば、都市化によってなんの跡形も残っていないものもある。これらをひとつひとつ訪ねあてていくためには、大変な下調べと現地調査が必要であっただろう。写真一枚を撮るためにかけられた労力の大きさに圧倒させられる。その思いは、後半に付された解説資料を見て、さらに強められる。訪ね歩いた地域の広さを見ると、身の程知らずなまでの領土拡張を目指した大日本帝国の野望の大きさにめまいがしてくると同時に、これだけ広い地域に植民した人びとがそこに、国策だけではなく、しばしば自然発生的に神社を創建していったという事実に慄然とするものがある。拡張への狂気に近いまでの野望と、産土を奉る人びとの素朴な信仰とがそこで正確に重なり合っているように思えるからだ。産土とは言い難い異郷の地において、そこをもなお産土の地となそうとする人びとの無邪気さは、戦後70年を経過した今となっては想像を絶するものであるように感じられる。

実を言えば、この写真集の前半の写真部分だけのページを最後まで繰り終えて、最初に抱いたのは、肩透かしというか、拍子抜けする感覚だった。いったいこれはなんの写真を撮しているのだろうか。困惑に近い感情を抱き、しばらくの間、思慮する時間が必要だった。やがて、自分の困惑の原因に気づいた。この写真集の写真には、しばしば期待される被写体が写っていないのだ。当然写っているはずだと思うものとは別のものが映し出されている。たとえば、かつての神社があったと示される場所にあるのは、ただの市街地の交差点である。まったくなんの変哲もない、面白みもない、ビューポイントとして特筆すべきものがなにひとつない場所が、神社跡地としておさめられているのだ。表紙となっている、鳥居などの残滓が残っているのならば、まだわかる。ただの道路。ただの市街地。これが跡地だなんて。だが、映るべきものが写っていないその写真が、経過した時間の長さと、戦後、現地に起きた大きな変化を如実に映し出している。読者は、期待と実際に写真として見えるものとの違いに困惑する。その困惑を乗り越えるには、しばしの思慮と想像力とによる跳躍が必要とされる。実は、これが、著者が映し出したかったものなのかもしれない。目に見えるものを写すはずの写真が、目に見えない時間の流れ、かつてあったものを映し出すことに成功しているというのは、私にとっては非常に新鮮な経験だった。お送りくださった稲宮さんに、重ねて御礼申し上げたい。

最後に、稲宮さんご自身がこの写真集について書かれた文章を紹介しておく。


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