いたわりのゼラニウム

また今日も巡る。蘭子は茗荷谷駅を過ぎた辺りから見える生垣の朝顔の蔓をぼんやりと眺めて堂々巡りの続きに更けた。6月の満員電車は湿っていて生温く寒がりな蘭子が一番身悶える季節だ。
祥太とこのまま上手く行けば、11月23日の付き合った記念日に運良く結婚に持ち込みたい。
11月23日、職場で知り合いデートを重ねるうちにお互い意気投合しジリジリと距離を私から詰めていった。
4回目。葛西臨海公園で海デートを楽しんだ後、いよいよ告白されると思ったがなんと、観覧車のてっぺんで彼は蘭子に


寝ぼけながらごろっと祥太と寝ている布団へ潜り、眠っている表情を眺めながら片腕を優しく両腕包み込む瞬間が蘭子にとって、とてつもなく幸福な時間だった。祥太の匂い、彼の容姿は決してイケメンという訳ではないが色白で


生暖かくて、息苦しいべったりとした泥の中で
一生懸命に息をするが肺には空気を取り込めず背中にも重しが乗っている。
可憐な下着を買っても、彼と高級店で食事をしても癒せない。


彼女は私のニヤリと微笑んだ表情を見て気が付いたのかもしれない
かつて、彼女がしたように心の中で別の男を想い浮かべている事ように。この食卓で何が起きようともどんなにそこが息苦しくとも、ぼんやりと脳裏に意識を飛ばせば何処へでも逃避できるのだ。圭さんに抱いてもらっている時のあの肌同士の摩擦を。私の冷えた肌の表面と彼の熱く汗ばんだ肌の表面が合わさって生暖かい湿度と空気となり、2人の間隙を中和してゆく。溶けてゆくのだ。

別の誰かを心の中で想っている娘を彼女は察した。
「なんでニヤついてるの?」その言葉に蘭子は急いで取り繕ったが遅かった、完全に漏れていたのだ、女としての悦びが。
春先から徐々に日差しが強くなって、夏のような執拗な太陽光線が降り注ぎそうな5月の昼下がり、早く誰とも話さず、誰にも気づかれず、ただ1人でまたあの夢の中へ帰りたかった。酷く苦しい安息の地へ。

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