あんどー春

気の向くままに、ショートショートや、コントのような会話劇を書いていけたらいいなと。パソ…

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気の向くままに、ショートショートや、コントのような会話劇を書いていけたらいいなと。パソコンに収納しておいてもしょうがないので……。

最近の記事

ショートショート『代役』

 菓子折りを携え、打ち合わせのため事務所まで出向いた。 「プロデューサーみずから挨拶? 大変だね」  ソファにふんぞり返りながら、先方が労ってきた。 「いえいえ、無理なお願いしてるのはこっちですから」 「それにしても災難だったね。この時期から代役探すなんて」  苦笑する。「こればっかりは不可抗力なんで」 「感染しちゃったの?」 「そうなんですよ。主演予定だった俳優さんが」 「クランクインまであと一週間でしょ? 間に合うの?」 「正直厳しいです。だから今回代役のオファー受けてく

    • ショートショート『猿知恵』

       閉園後、意を決して園長室をたずねた。「失礼します」 「お疲れ。どうした? 」  園長は書類に目を落としたまま迎えてくれた。 「ちょっとご相談がありまして」 「なんだよ、改まって」園長が身構えた。「エサなら変えねえぞ」 「いえ、そこは満足してるんで大丈夫なんですけど」 「じゃあなんだよ」 「実は、改名をしてほしくて」 「改名?」園長が眉をひそめる。 「いまさら感はありますが」 「モン太が気に入らねえのか? お客さんもみんなモンちゃんモンちゃんってかわいがってくれてるのに」 「

      • ショートショート『名言誕生秘話』

         昼下がり、人目を忍んで城下町の小さな芝居小屋をたずねた。「ごめんください」 「これはこれは。天下の大将軍様」支配人が茶化してきた。 「やめてくださいよ」本気で否定した。そんな柄じゃない。 「何をおっしゃいますか。順調に出世していってるくせに」 「僕なんて全然下っ端ですから」 「優秀だってもっぱらの評判ですよ。近いうちに天下を獲るお方だって」 「ほんとにそんなんじゃないんです」  ひたすら恐縮した。誰かに聞かれたら調子に乗っていると思われてしまう。 「で、今日はまたどうしてこ

        • コント『絶対に食べない女』

          「はいよ、特製とんこつ全部乗せ、お待ち」 「うわー、すごい。これ、インスタに載せてもいいですか?」 「かまいませんよ」  パシャパシャパシャパシャパシャパシャ。 「けっこういきますね」 「私、撮り歩きが趣味なんですよ」 「撮り歩き?」 「雑誌に載ってる有名なお店の写真を集めてるんです」 「そうですか」  パシャパシャパシャパシャパシャパシャ。 「冷めちゃうけど」  パシャパシャパシャパシャパシャパシャ。 「そんなに撮っても大差ないと思うけど」 「ありがとうございます。いいのが

        ショートショート『代役』

          ショートショート『本音演説』

           開票まち子、最後のお願いに参りました。ありがとうございます。ありがとうございます。立ち止まらずに通りすぎてくれてありがとうございます。見向きもしないでくれてありがとうございます。市民のみなさまが政治に無関心でいてくれるお陰で、当選後の議員生活がバラ色になるのです。ときおり、こんなに素通りされて腹が立たないのかと聞かれることがありますが、そんな気持ちは一切ございません。むしろ、興味を持たれる方が困るのです。公約が適当だからです。他の候補者たちから少しずつ拝借して作っただけなの

          ショートショート『本音演説』

          ショートショート『逃した女』

           取調室で、ベテラン刑事がドスの利いた声で訊いてきた。「で、どこへ行くつもりだったんだ」 「舞踏会です」正直に答える。 「舞踏会?」刑事が素っ頓狂な声をあげた。「あんたセレブか?」 「いいえ。でも……」 「でも?」 「舞踏会で王子様と仲良くなればセレブになれるかも」 「そりゃ残念だったな」刑事が鼻で笑う。「あんたがスピード違反起こしたせいだ」 「私が運転してたわけじゃありません。馬が勝手に……」 「そもそもな、渋谷のど真ん中に馬車で乗りつけてる時点で道交法違反なんだよ」 「近

          ショートショート『逃した女』

          コント『サンタクロースの配慮』

          「お電話ありがとうございます。四択ハラミ運送です」 「配送のお願いしたいんですけど」 「ご希望のおもちゃはお決まりですか?」 「さっきマイページから申し込みました」 「かしこまりました。クリスマスの深夜着になりますので、当日は大きめの靴下を枕元に吊るしてお休みになってください」 「配送場所の指定はできますか?」 「子供部屋以外でご希望ですか?」 「部屋はいいんですけど、対面で受け取りたくて」 「申し訳ありません。すべて枕元の置き配限定で承っております」 「どうしてもですか?」

          コント『サンタクロースの配慮』

          ショートショート『霧散』

           記者会見の後、単独で時間を取ってもらうことができた。 「このたびは日本童話大賞受賞おめでとうございます」 「どうも」  あまり嬉しくないのか、ずいぶん反応が薄い。 「すごい売れ行きですね。もうすぐ一千万部に届きそうとか」 「みたいね」 「国民が選ぶ、未来に残したい童話ランキングでも、あの桃太郎に次いで二位に入っています」 「太郎ってついてればなんでも売れるんじゃない?」  投げやりな態度が不快だった。これだけ持ち上げているのに全然乗ってこない。相次ぐ取材攻勢にうんざりしてい

          ショートショート『霧散』

          コント『イケメン俳優と握手した手を洗わなかった女』

          「こんな遠いところまでわざわざお見舞いありがとうございます」 「いいえ」 「ほんとに無様ですよね、こんなことになっちゃって」 「無様ってことはありませんけど」 「完全になめてました。怖いですね、コロナって」 「お母様から聞きました。本当に一度も手を洗わなかったとか」 「だって、一生洗いませんって約束したじゃないですか」 「僕の握手会に来てくれたのっていつですか?」 「五年前です」 「その間一度も?」 「洗ってません」 「そりゃ感染もしますよ」 「あのときの温もり残しておきたか

          コント『イケメン俳優と握手した手を洗わなかった女』

          コント『せっかくフルマラソンで優勝したのに心折られた選手』

          「優勝おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「いやぁ、見事な走りでした」 「今日のためにすべてをかけてきたので。報われてよかったです」 「ラスト五キロでは、ケニア勢との壮絶なデッドヒートもありました」 「絶対に諦めないのが信条なんで。競り勝ったときは最高の気分でした」 「長時間にわたって一般道を封鎖するのとどちらが気持ちよかったですか?」 「え?」 「開催によって生じる渋滞についてはどうお考えですか?」 「いや、そこはまぁ、申し訳ないなとは思いますけど……」 「物

          コント『せっかくフルマラソンで優勝したのに心折られた選手』

          おとぎコント『王子の罪状』

          「突然すみません。ちょっとおたずねします」 「えっ、警察?」 「この城の王子様で間違いないですね」 「そうですけど……」 「いくつか聞きたいことがあるんですが」 「なんですか?」 「この写真の女性をご存じですか?」 「白雪姫ですよね」 「彼女とはどういったご関係ですか」 「いや、まぁ、婚約者というか」 「どこで出会いましたか?」 「森の中で偶然」 「そのときの状況は」 「毒リンゴを食べて倒れていたので、救助しようかなと」 「どのような方法で」 「えっと、あの……キスを」 「毒

          おとぎコント『王子の罪状』

          ショートショート『上っ面』

           ちょっとした高級なレストランでのコンパの冒頭、自己紹介で「いちおう漫画家です」と名乗り、代表作を伝えると、ひとりの女性が「えっ、わたしめちゃくちゃ好きなんですけど」と勢いよく立ち上がった。 「あっ、そうですか」  自分で言うのもなんだが、そこそこ売れている作品なのでファンが存在すること自体不思議ではない。でも、こうして目の当たりにするとやはりうれしい。 「コミック全巻持ってます。映画も五回観ました。毎回号泣してます」言ってるそばから目が潤んできている。 「ありがとうございま

          ショートショート『上っ面』