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教育のデジタル化~GIGAスクール構想の現状と今後について~

GIGAスクール構想とは

GIGAスクール構想とは、2019年に文部科学省が開始した「Society5.0時代を生きる子供たちに相応しい、誰一人取り残すことのない公正に個別最適化され、創造性を育む学びを実現するため、「1人1台端末」と学校における高速通信ネットワークを整備する」取り組みです。

(リーフレット)GIGAスクール構想の実現へ01

出展:文部科学省「(リーフレット)GIGAスクール構想の実現へ

この大規模な計画実施の背景には、3年毎に行われているOECD加盟国の生徒学習到達度調査「PISA」において、日本は学校の授業におけるデジタル機器の利用時間、コンピュータを使って宿題をする頻度が共にOECD加盟国中最下位であるという結果報告が大きく影響しています。

2019年11月13日に開かれた経済財政諮問会議において、PISAの調査結果を受けた安倍首相(当時)は「パソコンが1人当たり1台となることが当然だということを、やはり国家意思として明確に示すことが重要」と発言し、児童・生徒への1人1台端末整備に強い意欲を示しました。
当時、文科省は数年をかけて「児童・生徒3人に1台」のパソコンを配備するという目標を掲げていましたが、この発言を受けて計画を変更、2024年度中に全国の児童生徒に1人1台のパソコン配備完了へと一気に舵を切ることになったのです。(その後、コロナ禍のため前倒しで2021年度中配備完了に変更)

名称未設定2.001

引用:文部科学省「(リーフレット)GIGAスクール構想の実現へ」から

GIGAスクール構想の現状

これほど急速な実施にも関わらず、各自治体では順調に端末の配備、高速通信ネットワークの配備が進められました。
2021年10月に文部科学省より公表された「端末利活用状況等の実態調査(令和3年7月時点)(確定値)」によると、端末は96.2%の自治体が整備済み、利活用に関しては全国の公立の小学校等の96.2%・中学校等の96.5%が「全学年」または「一部の学年」で開始済みとしています。

一方、端末の持ち帰り学習の実施状況については、非常時には66.5%が実施できるように準備済みとありますが、平常時の実施準備は26.1%と、非常時に比べて平常時の持ち帰り準備が進んでいないことが分かります。
この平常時の準備の遅れに起因してか、年明けのコロナ第6波により各地で小・中学校の学級閉鎖が行われる中、オンライン授業への取り組みの遅れが新聞紙上でも多く取り上げられました。

教室

また、2021年9月にデジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省が合同で実施した教育関係者へのアンケートでは、「ネットワーク回線が遅い」「持ち帰れない、使う授業が限られている」「教科書をデジタル化してほしい」「教員のICT活用のサポートが必要」「教職員端末が未整備・古い」「効果的な活用事例を発信してほしい」等の意見・要望が寄せられています。

アンケートで明らかになった主な課題

出展:デジタル庁、総務省、文部科学省、経済産業省「GIGAスクール構想に関する教育関係者へのアンケートの結果及び今後の方向性について」

ICT利用に関する海外との比較

ここで、GIGAスクール構想推進の発端となったICT機器の利用における日本と諸外国との格差の理由を、海外との比較を基に考えてみたいと思います。

先ずは授業の中心となる教科書について、日本とPISAの調査結果「コンピュータを使って宿題をする」割合の上位の国々との比較を行いました。
公益財団法人教科書研究センター発行の「海外教科書制度調査研究報告書」から、同サイト内で教科書制度が検索可能な上位の国(アメリカ、オーストラリア、デンマーク、メキシコ)の内容を表にまとめてみました。

教科書比較

参考:公益財団法人教科書研究センター「海外教科書制度調査研究報告書」

「教科書そのものの定義や使用義務がない」「貸与」が3ヶ国、「デジタル教科書を積極的に推進する」が4ヶ国、「物理的に大きい・持ち運びが困難」が3ヶ国等、教科書の扱いは日本と大きく異なっています。
また、上記以外の国々においても、この傾向は多くみられるものとなっていました。
日本のようにコンパクトで持ち運びに便利、家庭での使用に適した教科書を無償で給与されることは、世界では少数派となっています。

次に視点を広げて、デジタルアーカイブへの取り組みについて比較したいと思います。
デジタルアーカイブとは、その国・地域の社会・学術・文化の保存・継承や外部への発信のための基盤となるもの(内閣府知的財産戦略推進本部)とされています。

我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性2017年4月

メリット

出展:デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」

デジタルアーカイブに関しては、日本は図書館、公文書館や博物館・美術館等の分野ごとに構築が進められていますが、海外と比較して大きく後れを取っており、研究機関レベルでは日本のデジタルコンテンツの圧倒的な不足のため、海外の日本研究は退潮傾向にあるとさえ言われています。

一般市民としてのデジタルアーカイブ利用に最も身近な公立図書館において、コロナ渦のため電子書籍を扱う館の数が増えたとはいえ、電子図書館を実施している自治体数は2022年1月1日時点で272、電子図書館数は265館(近隣自治体が複数連携するケースあり。都道府県を含む自治体数は1,788、自治体ベースの普及率は約15.2% ※一般社団法人 電子出版制作・流通協議会)であり、電子図書館がスタンダードとなっている海外から大きく後れを取っています(アメリカでは図書館の内95%が電子図書館化しているといわれています)。

また博物館・美術館においても、日本では基本的に公開方法は原物の展示が主であり(それを選択して見せることに価値があると考えられることが多い)、デジタルアーカイブによる展示に価値を見いだせずにいる現状があります。
博物館におけるデジタルアーカイブにおいても海外での取り組みは進んでおり、アメリカのスミソニアン博物館では、所蔵品の2D-3Dモデルをパブリックドメインでオンライン公開し、それらは自由に再利用可能となっています。

海外との「教科書」「デジタルアーカイブ」の簡単な比較ではありますが、学校外でのデジタル機器の利用について以下のイメージが浮かびます。

日米比較

GIGAスクール構想の今後

現在、文部科学省はネットワークや指導者端末など残された課題が存在しているとして、必要な措置(補正予算等)を講じた上で、構想を次なる段階に進めていく姿勢を強く示しています。
具体的には、GIGAスクール運営センターの緊急整備、学校ネットワークの点検・応急対応、教員1人1台端末の整備、全ての小・中学校でのデジタル教科書の活用等を、急ピッチで進めていく予定となっています。
デジタル庁においても、2022年1月に教育データ利活用ロードマップを公表し、デジタル社会への実現に向けた重点計画の一つとして推進する姿勢を示しています。

ちょうど10年前、アメリカのApple社は教育関連のイベントを開催し「教科書を再発明した」「新しいiBooksを使えば、デジタル教科書をiPadで読むことができる」と高らかに宣言しました。

多くの課題を抱えているGIGAスクール構想ですが、1人1台端末が「令和のスタンダード」として本格的に運用されるまでには、これからも様々な課題を乗り越えていく必要があると思います。
そして、学習へのICT利活用を世界で上位の水準まで到達させるためには、教育機関へのハード・インフラ面の整備は勿論のこと、官民の枠を超えて教育制度そのものを「再発明」し、創造性を育む教育環境を作り上げていくことが重要なのではないでしょうか。

【参考】
・デジタル庁、総務省、文部科学省、経済産業省『GIGAスクール構想に関する教育関係者へのアンケートの結果及び今後の方向性について』
・公益財団法人教科書研究センター『海外教科書制度調査研究報告書』
・デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会『我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性』
・一般社団法人 電子出版制作・流通協議会『電子図書館(電子書籍貸出サービス)実施図書館』
・文部科学省『令和3年度文部科学省補正予算事業別資料集』
・デジタル庁『教育データ利活用ロードマップ』



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