『大阪ミナミの貧困女子』の原稿が改変された事件(大阪地裁R5.3.24)〈著作権判例紹介〉

大阪・ミナミの夜の街で働く女性を支援する原告が、被告に原稿を依頼されましたが、改変により、当初のコンセプトとは異なる不本意な内容の書籍『大阪ミナミの貧困女子』が出版されました。これが著作者人格権(同一性保持権)、名誉および自己決定権の侵害に当たるとして、300万円の支払を求めた事案です。

裁判所は、原稿をやり取りしたLINEグループの履歴などを検討し、原告は改変された原稿の内容に同意したと判断。請求を棄却しました。

大阪地裁令和5年3月24日
令和4年(ワ)第5222号 損害賠償請求事件


概要

  • 当事者

    • 原告(村上薫):記者として勤務すると共に、ミナミのラウンジでホステスとして働いていた。新型コロナウイルスの影響で設立された「労働相談所キュア」の運営に関与。書籍『大阪ミナミの貧困女子』の執筆者の一人。

    • 被告:フリーライター・編集者。執筆者の一人。

    • P3:労働相談所で原告と共に夜の街で働く女性を支援。

    • P4:出版社の編集者。

  • 請求:原告が執筆した原稿を被告が無断で改変し、不本意な内容の書籍が出版されたことが、著作者人格権(同一性保持権)、名誉、自己決定権の侵害に当たるして、300万円を請求。

争点

  1. 初稿の改変

    • 原告の主張:被告が無断で初稿を改変した。

    • 被告の主張:初稿を改変したのは被告ではなくP4。

  2. 同意の有無

    • 被告の主張:原告は再校に関するやり取りを通じて、改変に同意した。

    • 原告の主張:再校は完成段階ではなく、原告が修正要望を出し、その後で最終原稿が送られてくると考えていた。

  3. 錯誤による同意の取り消し

    • 原告の主張:被告が「本というのは普通に何百万円というお金が動くので」「約1000万以上ですから、損害賠償となると、大変な金額です。」というメッセージを送ってきたため、やむを得ず同意した。錯誤による同意の取消しを主張。

    • 被告の主張:原告が出版社に送った差止請求の通知書には、錯誤の主張がなかった。

  4. 社会的評価の低下

    • 原告の主張:書籍のコンセプトは「女性ライターの取材による女性目線の本」だったのに、実際は男性である被告がほとんどの章を執筆。被告はその事実を隠し、自身を女性ライターとする虚偽記載をした。共同執筆者の原告もそれに加担したと思われるから、原告の社会的評価が低下した。

    • 被告の主張:虚偽記載はない。

  5. 自己決定権の侵害

    • 原告の主張:被告は日常的に高圧的な態度だった上、1000万円の損害賠償請求を示唆するメッセージを送ってきたことで、原告の自己決定権が侵害された。

    • 被告の主張:メッセージは比喩的表現に過ぎず、強要行為ではない。

  6. 損害の発生およびその額

    • 原告の主張:無断改変による精神的苦痛(150万円)、虚偽記載による名誉毀損(100万円)、強要行為による自己決定権の侵害(50万円)。

裁判所の判断

前提事実

  • 初稿送付と氏名変更の要望

    • 2021年1月23日、被告から原告に、初稿に加筆修正がされた初校を送付。

    • 原告は内容を確認した上で、執筆者名の変更を求めたが、被告は印刷の都合上無理だと伝えた。

    • 被告は、執筆者名変更の交渉はP4に対して行うよう求めた。

    • 原告は被告に対し、初稿の修正者がP4であるか被告であるかを尋ねたところ、被告はP4だと回答。

  • 企画から降りる意思表示

    • 原告はP3と協議し、企画から降りる旨を伝えたが、被告は電話で損害賠償請求の可能性を示唆し、P3は修正版を見てから再考するよう促した。

  • 被告メッセージと原告の反応

    • 2021年1月26日、被告は原告に対し、損害賠償のリスクを示唆するメッセージを送信。原告は、内容が改善されれば名前を使っても良いと回答した。

  • LINEグループでのやり取り

    • 原告はLINEグループで、修正版を確認し、複数の修正要望を出した。

    • 原告は「終了です」とのメッセージを送信し、被告は「全員合意」と確認し、原告は異議を述べなかった。

  • 書籍の出版と送付先の提供

    • 書籍が出版される前に、原告は見本刷りを確認し、最終的に書籍の送付先を提供した。

  1. 争点2: 初稿の改変への同意

    • 原告の修正要望と同意

      • 原告は、再校に対して複数の修正要望を行い、最終的に「終了です」とのメッセージを送信した。

      • 原告は最終的な原稿が送付されると考えていたが、被告から「全員合意」との確認を受けた際に異議を述べなかった。

      • 原告は改変された再校の内容に同意したと認められる。

      • 原告は見本刷りを見てから書籍を購入するか検討するなど、出版に向けた対応を示していた。

  2. 争点3: 同意の錯誤による取消し

    • 原告が修正要望を行い、その内容が改善されれば執筆者名の使用を了承していたため、錯誤による同意取消しは認められない。

  3. 争点4: 被告の虚偽記載による社会的評価の低下

    • 原告の執筆部分と他の執筆者の部分が明確に区別されており、原告が虚偽記載に加担したと一般読者が誤認することはなく、原告の社会的評価を低下させることはない。

  4. 争点5: 被告の強要行為による自己決定権の侵害

    • 被告のメッセージは、原告に損害賠償のリスクを示唆しつつも、翻意を促すものであり、強要行為ではない。

    • 原告は修正要望を積極的に行い、内容確認後に同意を示していたため、メッセージに畏怖して強制されたものではない。

  5. 結論

    • 請求棄却。

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