日本画家の千住博が羽田空港で展示する作品のモチーフに「染描紙」を使った事件(東京地裁R5.3.15)〈著作権判例紹介〉

 日本画家の千住博が羽田空港から依頼され、手漉き和紙に刷毛で模様や色彩を施した「染描紙」をモチーフにした作品を制作、展示しました。染描紙の制作者が作品を無断で複製・翻案され、氏名を表示されなかったとして、損害賠償、展示の差止めを請求した事案です。

 まず染描紙が著作物に当たるかが争われました。工芸作品の一部として使用されることが多いですが、模様や色彩の配置、刷毛や染料の選択に独自性があり、一般的な装飾用紙の範囲を超えた独創的な表現であり、著作物に当たると判示されました。

 しかし、染描紙が他の芸術家によって加工され、独自の作品として発表されることが広く認められており、原告はそれを黙示的に許諾していたため、許諾の範囲内だとされました。また、作品は羽田空港の空間や和歌の要素を取り入れたインスタレーションであり、染描紙をそのまま利用したのではなく、新たな芸術的表現が加えられており、複製・翻案には当たらず、著作権の侵害はないと判示されました。

両作品の写真は、裁判所ホームページにアップされています。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/642/092642_option1.pdf

東京地裁令和5年3月15日
平成30年(ワ)第39895号 著作権侵害差止等請求事件(第1事件)
令和元年(ワ)第23696号 著作権侵害差止請求事件(第2事件)
令和2年(ワ)第22651号 著作物侵害差止等請求事件(第3事件)


概要

  1. 当事者

    • 原告:和紙を制作・販売

    • 被告B(千住博):著名な日本画家。

  1. 前提事実

    • 原告は、手漉き和紙に刷毛で模様や色彩を施したものを「染描紙」と呼び、販売。

    • 羽田空港のビルを管理する会社が、アート作品の制作を被告Bに依頼。

    • 被告Bは原告店舗で購入した染描紙をスキャンし、データを加工・印刷し、表具や屏風に仕立てて制作。

    • 展示物には被告Bの名前のみが表示。

  2. 請求

    • 被告Bが原告の著作物を無断で複製または翻案し、著作権を侵害したとして、806万円を請求。

    • 原告の名前を表示せずに公衆に提示し、原告の著作者人格権を侵害したとして、194万円と謝罪広告の掲載を請求。

争点

1. 染描紙は原告の著作物か(争点1)

  • 原告の主張:

  • 染描紙は、美的鑑賞の対象として、刷毛のあと、にじみ、色と配置に創作的な表現がある。

  • 染描紙には原告の独自の表現があり、原告の著作物。

  • 被告の主張:

  • 染描紙は実用品で、美術の著作物としての創作性は認められない。

  • 画材として販売され、和紙の装飾的効果を高める模様にすぎない。

2. 展示物は染描紙を複製又は翻案したものか(争点2)

  • 原告の主張:

  • 被告Bは色合いや縦横比を調整しただけで、模様や絵柄の修正を行っていない。展示物は染描紙の一部を切り出したもので、染描紙の創作的特徴が残っており、複製・翻案にあたる。

  • 被告の主張:

  • 異なる印象を与える作品で、同一性・類似性は認められない。

  • 複合的な表現要素があり、和歌や立体化などの独自の表現がある。

3. 原告が利用を黙示に許諾し、または著作権が消尽したか(争点3)

  • 被告の主張:

  • 原告は購入者に対し、染描紙の自由な利用を黙示に許諾していた。

  • 著作権は消尽している。染描紙は画材として利用されるもので、通常の利用の範囲内。

  • 原告の主張:

  • 原告は染描紙の無断転用や複製を禁止していた。

  • 染描紙が美術の著作物として使用される場合は、許諾を行っていない。

4. 著作権侵害について故意または過失があるか(争点4)

  • 原告の主張:

  • 被告Bは職業画家であり、著作権に敏感であるはず。原告の著作権を認識しながら侵害した。

5. 原告の受けた損害及び額(争点5)

  • 原告の主張:

  • 被告Bの著作権侵害により合計1894万9134円の損害。展示物に対応する染描紙の販売価額から算定。

  • 被告の主張:

  • 染描紙の代金に含まれており、複製の対価を別途支払う必要はない。

6. 原告の氏名を表示しなかったか(争点6)

  • 被告の主張:

  • 展示物と染描紙の間に同一性や類似性はないため、原告の著作者人格権を侵害していない。

7. 展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか(争点7)

  • 被告の主張:

  • 原告は、染描紙を画材として販売し、自由な利用を黙示に許諾しており、氏名表示権の不行使も含まれる。

裁判所の判断

  1. 著作物性の認定

    • 原告が制作する染描紙は、模様や色彩の配置が美的特性を持ち、美術的価値を持つ作品として認識されている。

    • 刷毛や染料の選択・使用に独自の技法を用いており、個々の作品がそれぞれ異なる美的特性を持つ。

    • 染描紙は工芸作品の一部として使用されることが多いが、一般的な装飾用紙の範囲を超えた独創的な表現であり、著作物に当たる。

  2. 黙示の許諾

    • 染描紙が、他の芸術家やデザイナーによって加工され、独自の作品として発表されることが広く認められていた。

    • 原告は、購入者による多様な用途(装飾、内装、芸術作品の素材)を黙示的に許容していた。

    • 原告店舗には、無断転用や模倣を禁止する注意書きがあったが、これは主に商業的な無断複製を防ぐもの。

    • 原告は染描紙の利用について広範に黙示の許諾を与えていたため、許諾の範囲内。

  3. 著作権侵害の否定

    • 被告Bが制作した展示物は、染描紙の模様や色彩をそのまま利用したのではなく、新たな芸術表現を加えて制作されている。

    • 複製または翻案に当たらず、著作権侵害には該当しない。

結論

  • 請求棄却。



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