身体部位所有者上昇構文

本noteでは身体部位上昇構文という言語現象について見ていく。

1. 身体部位所有者上昇構文とは


身体部位所有者上昇構文(Body-Part Possessor Ascension Alternation)とは、身体部位の所有者(e.g. John)が目的語位置に生起し、身体部位(e.g. shoulder)が前置詞でマークされた構文のことを言う。例えば、Mary hit John's shoulder.の身体部位所有者であるJohnを目的語として上昇させ、Mary hit John on the shoulder.のように表現したものである(影山他: 2011)。すなわち、身体部位(shoulder)を主要部(head)とするJohn's shoulderというNP(名詞句)内から属格でマークされていた所有者(John's)が「上昇」し、Mary hit John on the shoulderのような文を作る。これが「身体部位所有者上昇構文」という名前の由来である。

2. 身体部位所有者上昇構文の制約

この構文には以下のような特徴・制約がある。

(1)外部(動作主あるいは道具)から身体への物理的な接触が認識されるか否か(使役変化他動詞か打撃動詞
か)
(2)身体部位の名詞には必ずtheがつく
(3)目的語は人間ないし動物

一つずつ見ていこう。(1)ついては、(4)が表しているように対象への物理的な接触を必要としないbreakのような使役変化他動詞は、問題の構文では現れないが、対象への物理的接触を伴うhitのような打撃動詞では当該の構文に生起できる。

(4)
a. *Jim broke Tom on the leg. (影山他: 2011)
b. Mary hit John on the shoulder. (ibid.)

ついでに述べておくが、hitが物理的接触を伴い、breakが物理的な接触を伴わないことは以下の文からわかる。

(5) a.* Fido hit the bowl without touching it. (Lee 2023: 42)
     b. Fido broke the bowl without touching it. (ibid.)

続いて、(2)について、前置詞でマークされる身体部位には所有格ではなく必ず定冠詞のtheがつく。(4b)では、his legではなくthe legという形になっている。

(3)の制約については(6)が表しているように目的語には無生物が現れないことがわかる。

(6)*Mary kicked the table on the leg.

3. 身体部位所有者上昇構文で現れる動詞の種類

2の「身体部位上昇構文の制約」で確認したように対象への物理的接触を伴わないbreakのような動詞はこの構文で現れることができない。ここでは、どのような動詞が問題の構文で現れるかをLevin (1993)をもとに確認する。

Levin (1993: 71)では、Touch Verbs、Verbs of Contact by Impact、Poke Verbsのように分類されているが、これらに共通する特徴は、(1)で見たように外部からの対象への物理的接触を伴うか否かである。例えば、Touch Verbsは以下のような動詞が挙げられる(Levin 1993: 71)。

(7) graze, kiss, lick, nudge, pat, touch(一部省略)

(8) a. Selina touched the horse on the back.
     b. Selina touched the horse's back. (Levin 1993: 71)

(8a)のように物理的接触を伴うtouchは、身体部位上昇構文で生起可能である。続いて、Verbs of Contact by Impactの動詞は以下のものが挙げられる(Levin 1993: 71)。

(9) a.  Hit Verbs: bang, bash, batter, beat, hammer, kick, knock, pound(一部省略)
     b. Swat Verbs: bite, punch, shoot, stab, swat(一部省略)
     c. Spank Verbs: spank, whip, whisk(一部省略)

hitもswat(to hit something, especially an insect, using your hand or a flat object(OALD))もspank(平手で叩く)もどれも対象への直接的な接触があるように思われる。

最後にPoke Verbsは以下のようなものが挙げられる(Levin 1993: 71)。

(10) Poke Verbs: dig, jab, pierce, poke, prick, stick

(11)  a. Alison poked Daisy in the ribs.
       b. Alison poked Daisy's ribs. (Levin 1993: 72)
           AlisonはDaisyの脇腹を突いた。

4. 日本語に存在する構文か?  

以上、英語の身体部位上昇構文について見てきたが、日本語には存在するのだろうか。(5)が示すように身体部位所有者上昇構文は、日本語には存在しないように思われる。

(5) *彼はジョンを頭 {を/に} たたいた。(影山 2011: 286)

そのため、(11)の日本語訳のように「所有者の身体部位をVする」のような訳し方をしなければならないように思われる。

参考文献

  影山太郎編(2011)『日英対照 名詞の意味と構文』大修館書店.
  Lee, EunHee. 2023. An Introduction to Lexical Semantics: A Formal Approach to Word Meaning and its Composition. Routledge
  Levin, Beth. 1993. English verb classes and alternations. Chicago: University of Chicago Press.






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