壁塗り構文の道具項の省略可能性は何に依存するのか?(Kishimoto 2009)

導入


 壁塗り構文とは、(i)のように移動物と場所が動詞の形態的変化なしに交替を引き起こすものである。

(i)a. ジョンは壁にペンキを塗った。
   b. ジョンは壁をペンキで塗った。

(ia)は、場所が「二」で、移動物が「ヲ」格で標示され、(ib)は、場所が「ヲ」格で、移動物が「デ」で標示される。
 以下では、(ia)をmaterial variantあるいはmotion frame、(ib)をlocational variantあるいはchange-of-state frameと呼ぶ。また、(ib)の場所には対象の意味役割が、移動物には道具の意味役割が与えられているとし、道具の意味役割が与えられる移動物は、後置詞と仮定した「で」を伴った項として扱う。

本論

 本noteでは、以下の(1)のような文において道具項が文脈から回復できる限り省略されるのに対して、(2)のような文においては道具項が文脈から回復されたとしても省略できない事実が動詞の種類の違いに起因することを、Kishimoto(2009)の先行研究を用いて簡単に紹介する。

(1)壁を(赤いペンキで)塗る。
(2)机を*(本で)山積みにする。

 Kishimoto(2009)によると(1)と(2)の道具項(Kishimoto(2009)ではoblique argument)が省略できるか否かの差は、動詞の性質に依るとされている。すなわち、壁塗り交替を引き起こす動詞は、2種類に分けられ、一つが本来的に曖昧な動詞(inherently ambiguous verbs)で、もう一つが、perspective shift(同じ出来事を異なる意味によって解釈)によってmotion frameからchange-of-state frameに変化した動詞である。前者の動詞は、Pinker(1989)の主張と反して、perspective shift(i.e. 同じ出来事を異なる視点で解釈)を起こしていないとされている。前者の動詞では文脈がある限り道具項を省略できるが、後者の動詞では、文脈があったとしても道具項が省略できない。そして、前者のタイプの動詞の具体例として(1)のような「塗る」が挙げられ、後者のタイプの動詞は、(2)のような「山積みにする」が挙げられる。

(2)について具体的に見ていくと、「山積みにする」は、「山」と「積む」の複合によって壁塗り交替が可能となっている。「積む」は、(3)のように場所格交替を引き起こさない。

(3)a. 太郎は本を机に積んだ。
       b. *太郎は机を本で積んだ。

しかし、全体的影響を含意する「山」とmotion frameしか持たない「積む」が複合することで、(4)のように場所格交替が可能となる。

(4)a. 太郎は本を机に山積みにした。
    b. 太郎は机を*(本で)山積みにした。

この交替は、元々motion frameであったものからchange-of-state frameにperspective shiftによって派生したものである。その際に、道具項は省略できない。このような壁塗り交替の動詞として他に「敷き詰める」、「山盛りにする」が挙げられる。両者の動詞において、「敷き詰める」の「敷く」と「山盛りにする」の「盛り」は、motion frameしか持っていない。以下に例文を挙げる。

(5)a. 太郎がタイルを(床に)敷き詰めた。
    b. 太郎が床を*(タイルで)敷き詰めた。

(Kishimoto 2009:43)

(6)a. ジョンが(お茶碗に)ご飯を山盛りにした。
    b. ジョンがお茶碗を*(ご飯で)山盛りにした。

(Kishimoto 2009:50)

この例から、一見、perspective shiftによって派生するタイプの動詞は、合成(conflation)した動詞と述べたくなるかもしれない。しかし、以下の例を見るとそのように言えないことがすぐにわかる。

(7)a. ジョンが(腕に)包帯を巻いた。
    b. ジョンが*(包帯で)腕を巻いた。      

(Kishimoto 2009: 59)

 「巻く」は場所格交替を引き起こす動詞で、(4)〜(6)と異なり、複合が起こっていない。しかし、(7b)のように道具項は省略できない。このことから、perspective shiftによって派生を起こす動詞は、複合動詞とは限らないということがわかる。このような動詞として他には「結ぶ」、「滲む」が挙げられる。どれもmotion frameからの派生である。以下に例文を挙げる。

(8)a. ジョンが(箱に)紐を結んだ。
    b. ジョンが*(紐で)箱を結んだ。

(Kishimoto 2009:56)

(9)a. 血が(腕に)滲んだ。
       b. 腕が*(血で)滲んだ。

(Kishimoto 2001:70)

 続いて、(10)のように語彙的に2つのframeが備わった「塗る」のようなperspective shiftを起こさない動詞の具体例を見ていく。

(10)a. 太郎が(壁に)赤いペンキを塗りたくった。
      b. 太郎が(赤いペンキで)壁を塗りたくった。

(10)は、locational variantにおいて文脈がある限り道具項が省略できるため、派生によって場所格交替が引き起こされたわけではない。このことから、複合したかどうかがperspective shiftに関わっているとは言えないことがわかる。また、「たくる」は、様態であり、場所格交替の可能性に影響を与えない。このような語彙的に2つのframeが備わったタイプの動詞として、「しばる」も挙げられる。

(11)a. ジョンが(箱に)紐を縛った。
      b. ジョンが(紐で)箱を縛った。

(11b)からわかる通り道具項が省略できる。それゆえ、語彙的に移動物への変化のみを規定する「結ぶ」とは異なり、「縛る」は、移動物と場所の両方に影響を与えるという出来事を描写する。

要約

以上まとめると、壁塗り構文の動詞は2種類に区分される。1つは、語彙的に2つのvariantを備えたタイプ、もう1つは、語彙的には2つのvariantが備わっていないが、perspective shiftによってmotion frameからchange-of-state frameに派生するタイプである。両者の統語的な差は、道具項の省略可能性である。前者の場合は、道具項が省略可能だが、後者のタイプは不可能である。本noteで挙げた具体例として、前者は、「塗る」、「塗りたくる」、「縛る」が、後者は、「結ぶ」、「にじむ」、「巻く」、「山盛りにする」、「山積みにする」、「敷き詰める」が挙げられる。

参考文献

・Kishimoto, Hideki. 2001. Locative Alternation in Japanese: A case study in the Interaction Between Syntax and Lexical Semantics. Journal of Japanese Linguistics 17, 59-81

・Kishimoto, Hideki. 2009. “Locative alternation and verb compounding in Japanese”, On-Line Proceedings of Mediterranean Morphology Meeting

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