30歳の気分。
1992年のクラブコンサートがあったらしい。
行けば良かったな!?
まま。体調が万全で無いのと、間が悪かったのでしょうがないね。
30歳は悲劇的で、それは人々が死に至ろうとするよ。と聞いていたが、
正直な所、やはりというか、自分の努力もあるが、
20代から解放された事の方が楽で宜しい。
幾分も暮らしやすく、気分も安定している。
やっと収入も良く貰えるようになっていっているし、
それは安定するように仕向けているし、
その努力がやっと反映されてきた所だ。
だからやはり今が一番幸せだ。
懐かしくて20代…という気持ちは全くない。
限界と苦悩と全ての事柄が敵であった。
それを今は落ち着いて俯瞰出来る。
人生のどの地点でも無く、今が一番落ち着いているし、未来はもっと落ち着いている。
より良い方向を見極められるようになっている。
そしてその努力も出来ると分かる。
本来はそれが通常な進歩であるのだろうけども、
存外20代には為しえなかったのだ。
客観的過ぎたり、想定よりずっと外れたり、
揺らぎは自分が齎している事を、
自分自身で気付けなかったり。
貧すれば鈍するを一直線だった。
それは物質的にも精神的にもだ。
余計な顰蹙も緊張も嫉妬も妄想も、
自分から出でて、勝手に盲目することを、
自分の中から出た事に気づき、陥ったと知れるようになった。
知ったから、それは間違っていると分別出来る様になった。
そして良い意味でも悪い意味でも、
人間を人間として今は測れる。
過大も過小も意味はなく。
今は只現実の人間として認知出来る。
それが今まで出来なかった。
霞の中のぼやけた視野で見ていたのだろうか。
それくらい人間の認知が良くなったと思う。
未だに解決していない問題点も山積みではあるが。
唯、救いなのは自分を見るだけで良いという事だ。
己が思う違和感には敏感でありたい。
今は違和感を何とも形容しがたき○○であるから、
相応しい言葉を知って、残して置きたい。
と、思います。
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