性別を自分で決めるという事。
実際にLGBTQ+が唱えられたのはずっと前から。
永らく定義を避けたり、禁忌としたり、精神病としたり、それはもう様々な歴史を辿ってきた訳だが。
生物学的に言えば大した問題ではないし、種別によっては雌雄が変化することも生存戦略であるし、
一般的な生物としては雌個体の方が種の生存の為に強靭に作られており、更に確実に子個体を生かすために様々な趣向を凝らしている。
最近またLGBTQ+に関する情報を色々見ている様な気がするので、一旦考えたことを書く。
Q.性別を自分で決めるのか?
心の中の性別は異なると言う。違和感の精神があると言う。
それ自体がアイデンティティの一つだというのは異なるのか?
性別に違和感を感じるという事は、その性差に関して違和感を覚えるという事だ。
それは性差に対して片側をよりネガティブに捉えているという事だ。
それが貴方自身じゃないのか?
ある事象が発生している。
昔の記事だった、トランスジェンダーとして女性になると決めた男性が戸籍上の女性になる為に性転換手術をした。
そして暫くしてからとても後悔しているという記事だった。
「私はトランスジェンダーという特別性に憧れただけで、女性になりたかったわけではなかった。」と。
戸籍上別性になる為には性転換手術をしなければならない。
現在の法律上は。
しかし精神が別性であれば別性と認めねば、それは人権侵害になるのではないかという事で最高裁で裁判があった。
判例としては違憲ではないという事になったが、もしこれが違憲になった時、何が起こるのだろう。
既に起こっている事としては、性犯罪である。
自称トランスジェンダーの女性が性犯罪を犯している。
今でこそ自称トランスジェンダーの女性であるが、違憲、つまりそれが人権侵害であるという事が認められれば、ただの「女性による性犯罪」ということになる。
公共施設に女性と称して男性の生殖器を特に隠す様子もなく出入りするというのは沢山の女性達が危険を感じるのは当たり前ではないだろうか?
ただでさえかなりの性犯罪に関する心身症が世間一般に広がっている中である。
その犯罪の片棒を担いたくはないという事も分かるし、私は本当に本人に性差を感じるのであれば、身も心も変えるのが本人の違和感を減らすものと考えている。
もし性別を申請すれば幾らでも変えられるとなれば、一体何処に貴方のアイデンティティはあるのだろうか?
この問題に対する逆の事例がある。
トランスジェンダーの男性が性転換手術を受ける直前に出会った男性とパートナーとなり、子供を妊娠した。
動画内ではモヤモヤとした心境であると答えていたし、今後も性転換手術を受けずに子宮を残したまま男性として、彼のパートナーとして生きると話していた。
好きな人が好きだから、男でも女でもいいのだと彼は言っていた。
男性の妊娠?
Q.性差というアイデンティティは本質として後天的に変えられる?
私が感じているのは、「性差を感じる」事自体が本人のアイデンティティではないかとという事だ。
身も心も女性になりたい、男性になりたい、それが私の自然であると。
それはそう扱われたいという事が核心であろうから、(何故なら性差は外的要因で存在するからだ。)私は特に理由もなくそう思って、そうすればいいと思うのだ。
押し付けられるステレオタイプを逃げたい気持ちなんてものは男性女性どちらもあるのだけど、それを解決するのが性差なのか?
性別は染色体とホルモンで個体として識別できるのだ。
両方ある個体は雌雄個体というだけだ。
単に生物学的に分けてしまう必要があるのは何故か。
そして分けられたくない気持ちは、曖昧な境目は大きな声で叫び倒さねばならないか。
それが通常になれば良い。”徐々に。”
それは障碍の色の如く。
Q.T以外で語る事はあるか?
正直あまりない。
T以外の性趣向に関しては個人の性癖という括りで考えているから。
異論もない。
T以外は秋の風の如くである。
個人差、個体差で思想が異なるのは当たり前だろう。
ただ、それを他人に押し付けるのは分からない。
ただそうであっただけじゃないか。
迫害された、排除された歴史があるから反動で人権を求めたというところだから、押し付ける事とは意が異なる。
そしてただその現象に名前が付いただけのものもあるし、細分化されて今は+の中にどれだけの性趣向が含まれているかすら知らないが。
そしてそれ以外。
自覚がないだけの人もいる。
分かっていても通じない時は通じない。
それはゲイだった男性が女性と懇ろになっている時も、
懇ろになった女性は本当は性欲がなかった時も、だ。
今作のポケモンの女の子の台詞が男性過ぎて引いてしまったとか、
男の子の様なのに実は女の子で、その子に息子が似ていて虐められているとか。
思春期の性別不安定な時期の彼らの攻撃力はとても高い。
思い込みであることも分からないだろうから、それはいよいよ全く関係がない事だ。
息子は己で守れよ。
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