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【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手④

ぬいぐるみの言葉がわかる「ぬいぐるん」である人間ではなくても、ぬいぐるみが声をかけると、不思議と人間は、何かを感じ取るらしい。声をかけると、必ず人間はこちらに気づく。優しい言葉をかけると、不思議と優しそうな顔になったり、うれしそうな表情をするのだ。

だが、オレ様が優しい言葉をかけてやったにもかかわらず、リカはムスッとした表情で、ちらりとオレ様を一瞥したかと思うと、プイッと顔を背けた。

そこでオレは、少しは何懸けた声で、

「へィ、ベィビィ~。今日はご機嫌ななめかい?」

腰を振り振りして、少しおどけて見せた。

だが、リカは、そんなオレ様の様子を見て、ばかばかしいと言った顔をした。

「・・・」

馬鹿なことをした自分が、なんだか急に恥ずかしくなってきた。この妙なシンとした間が辛い。だが、ここで引き下がっては、「ぬいぐるみ魂」に欠けるのだ。

(くそぉ・・・)

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そこで今度は、

「何いじけてんだよ!また身長のことだろう?デカいもんはデカいんだから、いいじゃねえか、いつまでもいじいじしてんじゃねぇよ。おい!」

と言ってやった。

これは、勇気ある発言である。ぬいぐるみの世界では、飼い主・主人にこのような発言をするのは、罪にこそならないが、かなり大胆な行動と見なされている。なぜならこんな行動をとって、飼い主・主人を怒らせでもしたら、「廃棄される」という憂き目に遭うかもしれないし、飼い主・主人の苦しみや悲しみが続いてしまうと、「ぬいぐるみ憲法」第三条に抵触し、「飼い主を助けなかった罪」に問われてしまいかねないからだ。

オレの言葉がきき過ぎたのだろうか。リカは急にワッと泣き出した。そしてオレに向かって、

「人が気にして帰って来たっていうのに、何よ!その顔。どっ、どうせ私なんか、私なんかに似合う服なんて見つからないわよ!」

と、怒鳴りちらした。顔のことを言われても、どうしようもないのである。好きで買ったのは、リカの方なのだ。

(なんだこいつ!フン!)

オレの心の声が聞こえてしまったのだろうか?リカはむんずっとオレ様を掴み、

「何よ!何よ!」

とわめきながら、オレ様を床に叩きつけ、しまいにはオレ様を部屋の隅へと放り投げた。オレは真っ逆さまに床に落ち、額を思いっきり売ってしまった。オレの額は、みるみる青ざめ、青あざができてしまった。いや、額も心なしか、盛り上がってきたようだ。
オレはついにキレてしまった。

感情的になってリカがオレ様を床に叩きつけたせいで、プリティなオレ様の黒い鼻には床のわたぼこりが思いっきりついてしまい、前に突き出した口元もみごとにぺしゃんと凹んでしまったからだ。

「なんだよ!いてぇな!このデカオンナ!気にしたって直るもんじゃあるまいし。服がないのは服屋が悪いんだろう?お前のせいじゃない。服なんか、『これが普通サイズよ!』って、開き直ってりゃいいじゃねぇか。日本じゃデカいのかもしれないがよ、オレが作られた国じゃぁ、お前みたいなデカい野郎はごまんといたもんさ。ちっこい国にいれば、デカいだろうが、でっかい野郎ばかりがいる国にいれば、おめぇはちっけぇんだよ。デカはデカ、チビはチビ、デブはデブ、ガリはガリ、ハゲはハゲ。ただの特徴じゃねぇか。だから何なんだよ!オレに奴当たってもしょうがねえじゃねぇか!」

と、ついに、あろうにも主人=飼い主である、リカに思いっきり言ってしまった。

するとリカは急になくのを止め、しばらくオレをジーっと見つめた。

(・・・な、なんだ??!)

オレは焦った。「しまった!」と思った。もっとひどい仕打ちをされるかもしれない。もしかしたら、殺されてしまうかもしれない。どうしよう、どうしよう。。。

と、オレがどぎまぎしていると、リカは急にオレ様をぎゅっと抱きしめ、

「ごめんね。本当にごめんね。ぐすん。」

と、さめざめと泣きだした。

身体のデカさと比例して、手の力も強いリカ。怪力(?)ともいえるほどの強い力で、オレ様をぎゅぅっと抱きしめるものだから、オレ様の身体は、綿がはみ出してくるんではないかと思うほど、ぎゅうぎゅうとすさまじい音を鳴らした。

(いてぇ~。痛いよぅ。勘弁してくれぇ―!!!)

わずかな隙間から、こっそりとリカの顔を覗くと、本当に傷ついていたみたいで、なんだかちょっとかわいそうになってきた。ぬいぐるみの世界では、大きいも小さいも、素材も色も人間の世界のように否定的にも、肯定的にも思うことも、思われることもない。ま、そもそもぬいぐるみで洋服なんか来ているのは、人気者のキャラクターグッズくらいなもんだから、そもそもすっぽんぽんなのだ。だから、正直、身長のことを過度に気にするリカの気持ちがオレには全く分からなかった。

でも、よく考えてみると、これまでリカから聞いた話からすると、人間の世界では、「外見」というやつが、とっても大事だったりするようだ。毎日外から帰ってきては、リカはオレに向かって、その日あった出来事を話すのだが、その話の多くには、外見のことをネタにされて嫌な気分になった、というものが多かった。

背の低い直属の上司と営業で同行すると、「自分が低く見えるから、離れて歩け」「デカいから嫌い」とか、初対面の所属部長に「背が高すぎるね。これじゃぁお嫁にいけないね。気に、かわいそうだね」と言われたりしたとか。帰りに立ち寄った化粧品売り場では、他のお客さんのメークアップをしていた店員が、ちらりとリカを見て、「大きい人って、なんか偉そうですよね、感じ悪いっていうか、私嫌い。女性としかわいくないもの」と言われたり、しまいには、赤いリボン付きのワンピースを着て友人のライブに行ったら、女性だと主張しても、男性と言われ続けたとか…。

確かに気になってしまう者なのかもしれないと、泣きじゃくるリカの顔を見て、ふと思ったのだった。なんだか、オレの何十倍、いや、何百倍もあるはずのリカが、オレにはその時とても小さく見えた。

この日から、オレとリカは友達になったのだった。

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#創作大賞2022

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