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【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」①

その日は朝からとっても天気の良い日だった。

夏休みで会社が休みなはずだったのに、なぜか朝早くリカが起きている。眠そうな目をして、何やらいろんなものをカバンにギュギュッと詰め込んでいる。まだ6時である。何だろう…。いや、きっと何か面白いことが起きるに違いない。そう思ってオレはリカをじっと眺めていると、、、

「親がいるところ・・・福岡に行くんだけど、君も行く?」

と言い、ニコニコとほほ笑んだ。そしてオレをしばらくじっと見つめたかと思うと、

「そうか、そうかぁ。君も行きたいんだ。そうなんだ。」

と言って、オレを無造作にカバンに詰め込んだ。オレは行くとも行かないともまだ何も言っていないのに、だ!

「一人で勝手に納得しやがって、『うなずきマン』みたいに、頭を揺らすな!」

と、オレがぶつぶつ言っているうちに、オレの目の前をカバンのチャックが通り過ぎた。

痛い!痛い~・・・・。鼻が少し曲がってしまった。オレ様のプリティーな黒いお鼻が…ちょっと陥没(?)したのかも。

とにかくこうして、オレの初めての「旅行」が始まったのだが、福岡につくまでの間、オレはさんざんひどい目にあわされた。

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リカの大バカ野郎が、オレ様が入っているカバンを、なんと、飛行機の機内に持ち込まず、荷物として預けたことが事の発端だった。東京からわずか1時間余りのフライトとはいえ、狭いカバンの中で、鼻の捻じ曲げたままじっと我慢しなければならないのは、大変なことである。

大体飛行機に搭乗する時間が最悪であった。表面は感じの良い航空関係者も、客がいなくなると途端に態度を変え、オレ様がいるにもかかわらず、カバンを邪険に機内に放り投げた。ズドンという音と共に、オレ様のご自慢の腹にこぶができた。

こぶは、「Mt. Fuji」のように、高々と腫れあがってしまった。飛行機に乗って、ほっとしたのもつかの間、オレのカバンの横に置かれたカバンがやけに臭い。何の臭いだろうとクンクンと曲がった鼻をわずかに動かしてみた。どうやら「う●こ」らしい・・・。(汗)

飛行機を降りた後、荷物を受け取る時に知ったのだが、この「う●こ」かばんの持ち主は、赤ん坊連れの若い夫婦だった。

オレは、福岡につくまでの間中、このかばんの臭いとずっと付き合わなければならなかったのだ。ぬいぐるみの世界でも、「子供とは、罪のなき特に優しく扱うべき人間」とされている。まったく、ぬいぐるみとは、悲しい生き物である。

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福岡の家は、駅からほんの少し離れていた。タクシーで家に向かう途中、外から入る風が妙に懐かしい気がした。どこかで嗅いだ匂いだ。どうやら、オレの生まれ故郷の匂いに似ているらしい。確かに東京よりも近いのかもしれない。

オレは、一応、「アメリカ生まれのヤンキーアライグマ」として売り出されているが、現実はだいぶ異なる。実はオレは、「メイド・イン・チャイナ」である。中国がオレの本当の故郷である。中国での工場生活は、なかなかナイスなものであった。というのは、そこの工場で働いているお姉ちゃんたちが、なかなかの美人ぞろいだったからだ。

毎日この美人たちに囲まれ、オレは、生まれたのだ。しっぽを付けてくれたお姉ちゃんは、中でも工場一の美人さんだった。よりにもよって、この美人に「しっぽ」を縫い付けてもらえるなんて、ぬいぐるみのオスとしては、なんだか恥ずかしいことであった。

まぁ、生まれた場所があまりにも環境の良すぎる場所であったためか、オレは最初「人間の娘は皆美しい」と大きな勘違いをしてしまった。日本にやってきて、この考えが大きな誤解であったのだと、思い知らされた。

懐かしい生まれ故郷の思い出に浸っているうちに、リカの親の家にたどり着いた。リカがインターフォンを鳴らすと、

「はーい♡あら~!あんたたち、もう着いたの?!」

甲高い声が帰って来たかと思うと、同時にドスンドスンと地響きと共に、何かがこっちへと向かってくる音がした。

(な、なんだ…?象か?熊か???)

オレは何があったのか確かめようと、カバンのチャックのわずかな隙間から必死になって目を凝らし、覗き込んだ。すると、小錦真っ青のでっかい「巨体」が、いや、「トド」のような物体が、今まさに門を開けようとしていた。

リカの母、「ママりん」である。

ママりん

#創作大賞2022

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