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【小説】アライグマくんのため息 第7話クリスマスと大晦日

ある晩、オレ様が、リカのパソコンでこっそりと遊んでいると、どこからともなく、スーッと何かがやってきた。

「ぎやぁー!!!お化けー!!!」

オレは飛び上がって、大声を上げた。よく見ると、リカではないか…。

(でかいやつだから、いつもならすぐわかるのに、今日は全く気配すらしなかった。なんでだ?)

「おい!お前よぅ。びっくりすんじゃねぇか。ちゃんと電気つけて、『ただいま』くらい言えよ!」

とオレは叫んだが、まったく見えていないようだった。なんだか様子が変だ。確かに変わったやつだが、何だろう…?リカは、暗い部屋に入るや否や、うずくまってしまった。

(…ん?…)

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オレは、つい気になって、

「おい、どうした。おなかでも痛いのか?ぽんぽん、痛いのぉ~?痛いの痛いの飛んでけ~。」

とふざけって言うと、リカはオレの顔をまじまじと見た。

(ん?…まずいこと言ったか???)

すると、突然リカは、おバカなハスキー野郎をひしと抱きしめた。そして、わんわんと泣き始めた。

(ん?どうしたんだ…?)

おバカなハスキー野郎は、相変わらず、状況が見えていないようで、ご主人に抱きしめられて、それはもう、満面の笑みを浮かべて、喜んでいた。

「うおおおん!(うれしいよぅ!!うひゃひゃっ!)」

バカな野郎である。

オレはその時、なぜか言ってしまったのだ。

「リカ、どうした?」

オレはリカを見つめた。すると、オレの思いが通じたのか、リカはオレを見つめて、今度はオレ様を思いっきり抱きしめた。

(うぐぅ、く、苦しい…)

「女はクリスマス、男は大晦日ってさぁー。何なのよ!25過ぎた瞬間、『結婚はするのか?』とか、『どうせやめる女は仕事を覚えたってしょうがない』って!課長補佐は、『そんなのわかんない。できるやつがやるべきだ』って言ってくれたけど、あのあんぽんたん課長!女には任せられないって!あたし、資格も取ったんだよ!何のために仕事、頑張ってきたんだっつーの!同期の中でも最も早く、資格も取って、仕事覚えて、クライアントを持たされて。男性の同期と同じくらいプロジェクトこなして、遅くまで働いてきたんだよ。それなのに、25過ぎたら女は上がりだって、何なのよー!馬鹿野郎!!!」

オレはこの時初めて、人間の世界には、身体的特徴や性別、肌の色、生まれた場所によって、さまざまな違いがもたらされることを知り驚いた。ぬいぐるみはそもそも、男性、女性といった違いは、本人の好みで選ぶだけに過ぎない。特にその違いによる、差別などはない。ただその違いをお互い楽しむだけなのだ。どちらがえらいわけでも、えらくないわけでもない。

確かにぬいぐるみには、出産、というものがない。これは人間と大きく異なる点だ。ぬいぐるみの場合、大人のぬいぐるみであるか、子供のぬいぐるみであるかすら、自身の選択、あるいは、人間が作った形によって、定められるからだ。

そもそも、ぬいぐるみの世界には、「子供を産む」という状況が発生しない。人間が作って一緒に売り出すとか、あるいは、ぬいぐるみ自身が自分を子供と決めて、互いにその役割を楽しむだけなのだ。

だから、人間の場合、子供を産むのは女性でしかないといった制限があることにも驚いた。加えて、国によっても事情は異なるようだが、たいていの場合、女性が「子供を育てる」役割を一方的に請け負うことが多いことにも驚いた。特にオレがいるこの日本、特にこの時代においては、今以上に、男女の役割分担が依然として根強く残っていたからだ。

人間の世界では、親は子供を育てるという義務があるらしい。場合によっては、法で裁かれてしまうという。恐ろしい話だ。ぬいぐるみの世界では、親だからと言って子供を育てたり、面倒を見なければならないという決まりはない。なぜなら子供だからと言って、親と同様に肉体的にも精神的にも成熟しているからだ。ぬいぐるみはただ、「親子ごっこ」遊びを楽しんでいるだけなのだ。

だからぬいぐるみの世界では、子供だからといって、大人の言うことを聞かなければならないということもないし、親だからと言って、偉そうに子供にふるまっていいわけでもない。どちらがえらいもくそもない。これは、親子に限らず、男女、年齢問わずだ。ぬいぐるみの世界は、完全に、自由、なのだ。

だが人間の場合、女性のみが出産するため、いろんなことがどうやら付きまとうらしい。女性は子供を産み育て、男性はその代わりに外で働き、女性や子供が安心して暮らせるようにサポートする。それが、人間の世界では、当時の時代では、当たり前のような感じだった。

特にオレがいた日本という国は、当時、ようやっと「雇用機会均等法」という法律ができたばかりで、まだまだ男女の賃金差、職業差別といったものは、当たり前のように残っていた。だが、リカは持ち前の努力と根性があれば、そんなものは関係ないと固く信じていたようだった。けれど、どうやらその思いも、こっぱみじんに打ち砕かれたようだった。

この日から、リカはずーっとうつむきがちで、すっかり元気がなくなっていった。オレは、どうすることもできず、ただただ見守る?、いや、ただ、飼い主の求めるがまま相手をするしかないのだが、オレ自身も、リカの無言の悲しみや、悔しさが伝わってきて、なんだか腹立たしく感じ始めていた。

その晩から3か月くらいたったころだろうか。突然リカは、一人旅に出ると言い出した。ゆっくり今後を考えたいということらしい。小口の野郎との結婚を密かに心待ちにはしていたものの、仕事大好き人間のリカの辞書には、「結婚退職」「永久就職」という文字はないらしい。しかし、リカや「ちび」の日々の会話を聞く限り、人間の女性が、こと、日本という国で、自由にのびのびとやりたいことをやり続けることは、とても困難なように思えた。

雲一つない澄み切った青空のその日。リカは、大きなリュックサックを背負って、オレを連れることなく、ひとり、沖縄へと旅立った。その背中は、どこか勇ましく、きっと何かをつかんで帰ってくるに違いない、と、オレは密かに願ったのだった。

うっと


#創作大賞2022

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