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【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜④

その日は朝からどんよりとした雲がたち込めていた。天気のせいか、オレもなんとなく気分が憂鬱になるような感じだった。リカは、朝から落ち込んだ様子で、落ち着きがなかった。オレは、面倒臭いことに巻き込まれるのは嫌なので、リカの目から逃れようと、部屋の隅にこっそり隠れていた。

しかし、こういう時に限って、見つかってしまうもので、リカの

「さあ、出かけるよ。」

という一言とともに、オレはむんずと捕まえられて、リカのバッグに押し込まれた。

(ぐえっ。く、苦しい。しかも、このバッグ、超くっせぇー。何入れてんだよぅ…。)

外へ出ると、小口の車がリカとオレ様を待っていた。小口の野郎はいつものように一言、

「やぁ。」
と言って、車を動かした。

小口とリカは、この間の電話がまるで嘘だったかのように、いつも通り、くだらない話を始めた。二人があんまり楽しそうに話をしているのを見て、オレはなんだか今まで心配していた自分がばかばかしくなった。

30分ほどして、車は誰もいない海の見える場所へとたどり着いた。車が止まり、エンジンの音が消えると、急に二人の会話も途絶えた。しん、っと静まり返って、なんだか不気味な感じである。

最初は、「オレには関係ないもんね。」と思い、後部座席でふんぞり返っていたのだが、二人があんまり静かなので、オレもなんだか急に二人のことが心配になってきた。10分経っても、20分経っても、二人は黙ったままであった。オレの頭をさまざまな思いがよぎった。

(小口は結構頑固だから、リカの留学を許さないだろうなぁ、絶対。けど、リカもまた同じくらい頑固だから、絶対曲げないだろうし…。となると、いったい、どうなるんだ?リカって結構思い込むタイプだから、もしかして、『あたしたち、もうだめなのね…ぐすん』なんて、・・・ん?・・・いや、もしかして・・・小口と心中…???…いやいや待てよ、心中っていうと、どうするのかなぁ…?げっ!もしかして…?…もしかしてこの海に、車ごと突っ込むわけじゃ…?ちょっと待て、ぬいぐるみにとって、水は大敵だぞ。そうなったら、オレは…?)

いろいろ想像しているうちに、オレはすっかり疲れてしまった。こんな想像するのも、なんだかバカげた話だと思い、オレは思い切って尋ねることにした。

「おい、小口よぅ。こんなところでじとつぃ邸内で、さっさと留学の話をしろよ!どうすんだ、お前。なんか、今日言いてえことあって、ここへ来たんじゃねぇのかよ。何とかいえよう。あぶねぇぞ。知ってんだろ?今日、関東全域に大雨洪水警報が出てんだぜ。お前こんなとこ、田舎だろ。川が氾濫してでもして、帰れなくなったらどうすんだよ!」

小口の野郎は、オレをちらっと見て言った。

「どうしても、留学、行きたいの?」

リカは黙って、コクリ、とうなずいた。

「今きっと行かなかったら、たぶん、一生行けない気がする。それに、一生後悔すると思うの。それに、いろいいろ調べたんだけど、こっちでは、つまり・・日本では、その学問を勉強するにも少し限界があると思うの。私が知りたい分野は特に。心理学はあるけどね。私が特に知りたい専門分野は、海外、欧米のほうが最先端、だから…。」

リカの目をじっと見つめて、小口の野郎は言った。

「じゃあ、どうしてその勉強をしたくなったのか、留学してきてから、こっちでどういうことをするつもりなのか、もうちょっと細かく説明してくれる?」

リカは静かに、落ち着いた声で、どうして留学したくなったのか、これまでどんなことがあって、そういう考えを持つようになったのか、とうとうと語り始めた。それは、今までパパやママりんや「ちび」にも言わなかったような、本当に、リカの真剣な気持ちがひしひしと伝わってくるような話だった。

リカの言葉を一つ一つ、飲み込むように、小口の野郎は、うなずきながら、聞いていた。そして、

「どうしても、必要だと思うんなら、俺に構わずに行って来いよ。わかんないけど、俺、気が長いほうだからさ、きっと、大丈夫。待って…いるよ。たぶん。」

リカは涙をいっぱい浮かべて、言った。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう合格できるように、頑張るから・・・。」

そのあと二人は、いつものように、楽しそうにおしゃべりを始めた。しばらくしてから、雨は嘘のように止み、青い空が、ふわぁーっと空を覆っていた重たい雲の合間から見えてきた。

オレはなんだかほっとして、いつの間にかうとうとと、眠りに落ち始めていた。その時、誰かがオレのプリティな鼻をグイっとつまんだ。

「痛っ!何すんだよ!」

眠たい目を開けると、リカの姿が見えない。

(えっ…???)

小口の野郎がにやにやしながら、オレを見ている。

(こいつ!なんだ!?)

「てめぇ、何だよ。痛いじゃねぇか!何の用なんだよぅ。せっかく気持ちよく、眠ろうとしていたのに!」

オレの怒鳴り声と重なるように、小口の野郎が

「ごめんな、気持ちいいところ、起こしちゃって…。」

と言いながら、オレの頭をポンポンと優しく叩いた。オレは、鼻を抑えながら、言った。

「何だよ、まったく。」

小口の野郎は、今度はオレの頭を撫でながら、ぽつりと言った。

「もし、大学の試験に合格できなかったら、留学しないってことだよな…。ってことは、まだ、望みはあるのかな…?なーんて、あいつ、がんばり屋だからなぁ。…あはは。やっぱ、無理か。な?お前もそう思うか?」

オレを見つめる小口の野郎の目が、一瞬光ったように見えた。

#創作大賞2022

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