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【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」⑤

「そうね、お芝居は4時半開演だし、タクシーで行けば、十分間に合うし。エクセレント・ホテルのバイキングは別に明日じゃなくっても、いつでも行けるんだし…。まぁ、いいわ。」

とか何とか言いつつ、ちょっと寂しそうな、「えいこ」ちゃんこと、ママりん。。。

「あーあー。ママかわいそう。パパってサイテー!!!」

と、「ちび」の批判に耐えかねてか、やっぱりちょっと罪悪感があるのか、パパりん、何を思ったか、「うさぎのダンス」を鼻歌し始めた。「聞こえないわ」作戦だ。

とにかくこうしてママりんは、パパりんの代わりにお留守番をすることになった。

ところでちょっと話がそれるが、ママりんの名前は「恵衣子(えいこ)」という。実はこの名前、ママりんにとって、触れてはならない暗い運命を背負っているのだ。これは、リカと「ちび」が笑い転げながら話しているのをオレが盗み聞きした話だ。パパりんの田舎では、「~という名前」という意味で、「~ら」と呼ぶ習慣があるのだそうだ。

例えば、

「『きみこ』さんという名前のお姉さんがね、どうのこうの~」

なんて言いたければ、

「『きみこ』ら姉ちゃんがよ、庭の畑で草刈ってよ、んだ、んだがよ…」(ちょっとなまって抑揚付けて想像してもらうと、よりリアルに思い描けるであろう)

・・・なんていう具合に話すのである。つまり、ママりんのことを、この方法で呼ぶとしたら、つまりは…

「『えいこ』ら母ちゃんがよ(訳:えいこっていう名前のお母さんがね)」

となるのだw

オレはこれを聞いた時、思いっきり笑ってしまったため、思わず左の脇腹をぶちっとやってしまったほどだ。人間には、いろんな国の言葉や方言があるらしい。場所によって意味が全然違うので、バラエティ―に飛んでいて、なかなか面白いもんだ。

まぁ、「えいこらかぁちゃん」の話はさておき、かくして、来客が来る当日がやってきた。

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その日はやけに天気がよく、かといって、夏なのに、熱すぎるわけでもなく、非常に過ごしやすい日であった。パパりんは、すっかり上機嫌で、「お迎え」の「お車」に乗って、さっさとゴルフへ出かけて行った。

「ちび」は、ママりんが

「まみちゃん、今日、出かけるんじゃないの?もう、支度しないとまずいんじゃないの?」

とせかしても、

「えー、だってまだ1時間もあるじゃない。これ見てから準備するから~。」

と、テレビにへばりついてウダウダとしていた。オレはというと、「ちび」の背中に向かって、身体についた家ダニを投げて遊んでいた。投げるダニももう終わりになりそうになった頃、急に「ちび」が、

「あー!どうしよう!!!あー、もう、また遅刻しちゃう!どうしよう。どうしよう!!!」

と叫んだかと思うと、ドタバタとあわただしく、あちこち駆けずり回って、支度を始めた。

結局、待ち合わせの時間よりも10分も遅れて、「ちび」は、家を飛び出していった。「ちび」もパパりんもリカもいなくなって、すっかり静まり返った家で、ママりんはいつものように、掃除機をかけ始めた。

お昼も過ぎて「お土産の石田さん」が来る3時がやってきた。ママりんは3時のおやつにこっそりとっておいた、「名産、博多めんたいこせんべい」を、お客様のお菓子入れに入れて、「八女茶」のお茶を用意し、準備万端で「お土産の石田さん」が来るのを待っていた。

しかし、肝心の「お土産の石田さん」が来ない。もう3時半である。40分。まだ来ない。ママりんは少しイライラして、

「来ないわー」

と言いながら、その辺のものをけ飛ばしたりした。オレは、いつ自分の番が回ってくるのかとひやひやしながら、固唾をのんで、ママりんの様子を見ていた。

3時50分すぎたころ、電話が鳴りだした。お相手は、例の「お土産の石田さん」だった。

「まぁ、どうも、お久しぶりです。武討です。お元気でいらっしゃいますか?奥様もお変わりなく?えー、まぁ、うちの主人も、ええ、元気です。今日はちょっと仕事であいにく出かけておりまして。ええ、申し訳ございません。えぇ、聞いております。今日午後お見えになるって。えぇ。あら、まぁ、それは・・・。そうですか・・・。まぁ、それは大変ですね。それで、病院へは、、、行かれて、、、えぇ・・・。いや、そんな、とんでもございません。そんな、どうぞ、お気遣いなく・・・ええ、うちは別に大丈夫ですから・・・。まぁ、それより大丈夫なんですか?お怪我の方は・・・。ええ、まぁ、それじゃあ一安心ですね。えぇ、まぁ、もうお気遣いなく・・・。お怪我を早く治して、ええ、いえいえ、どうも、こちらこそ、ええ、残念ですけど、わざわざどうも、お電話ありがとうございました。」

チーン。ガチャン。(受話器を戻した模様・・・)

結局、その日は、「お土産の石田さん」は来なかった。お土産を持ってくる途中、交通事故にあって、軽く怪我をしてしまったらしい。全くドジな野郎だ。「お土産の石田さん」の奥さんからの電話を切った後、ママりんは肩を落として、

「仕方がないわよね。石田さん、交通事故に遭って、今日来られなくなったんだって…。あーあー、2年ぶりの友達と出かけられるチャンスだったのに・・・。お芝居、観に行けなくなっちゃったわね・・・。」

と、普段は毛嫌いしていたはずのオレを抱き上げて、オレの顔をまじまじと見つめながら、しんみりといった。

ママりんのちょっと悲しそうな顔を見て、オレはちょっと気の毒になった。

「まぁ、そんなこともあるさ。残念だ・・・」

と、オレが言いかけたとたん、突然、

「あーあー!」

と大声を出したかと思うと、ママりんは、オレを天井に向かって放り投げ、すっとその場を立ち去った。オレは、真っ逆さまに落ち、全治二週間の「たんこぶ」を頭に作ってしまった。これはもう、痛いどころの騒ぎではなかった。ちょっとでも動くと、鍼で刺されるように痛いのだ。

(ひどい、あまりにもひどすぎる。どうして、こんなことをするんだ・・・ママりん・・・やっぱり「ちび」の母親だ!くそぅ・・・。)

オレは、頭を抱えてしばらくヒーヒーとうめき声を出していた。すると、遠くから、香ばしいめんたいこせんべいの匂いがしてきた。本当は、痛くて目なんか開けられないのだが、あまりの香ばしい匂いには勝てず、オレは余った全身の力を振り絞って目を開けた。

すると、ママりんが「名産・めんたいこせんべい」をボリボリとむさぼるように食べているではないか。こんなに痛い想いをさせられたのだから、少しくらいオレにおせんべいのおすそ分けをくれてもいいだろうと思って、物欲しげにママりんを眺めてみたが、ママりんはオレのことなど目にもくれず、ひたすら「名産・めんたいこせんべい」を食べるのであった。

その夜ママりんは、「食べすぎ」で、胃を壊してしまった。スリムな娘二人と息子をもつママりんが、「とど」のようになったわけを、オレはその日、身をもって理解したのだった。

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#創作大賞2022

#小説 #連載小説 #アライグマくんのため息

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