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「今昔物語集」より 妻を寝とられた貴族(2)

ある俳人の説明によりますと、「間」は「和」とともに日本の文化を表す言葉の一つだということです。「ま」をつかう言葉にそれが表れているそうです。「間がいい」「間にあう」「間がわるい」「間ちがい」「間どおい」「間ぬけ」
それからも一つ「間男まおとこ」。

「間男」が日本の文化を表すなんて言うと、怒鳴られそうですが、今この言葉死語になってしまってるようです。「不倫」は小学生でも知ってるのに。「間男」がいなくなったわけでないでしょうが、漢字が読めない。読めないと味わえない。
「あいだおとこ」「かんだん」「かんおとこ」とか読んでても笑えないかも。

巻の二十八第十二話も間男の話です。

極めたる色好いろごのみの、貴族の平定文たいらのさだふみとか在原業平ありわらのなりひらが間男なら納得でしょうが、またもや僧です。それも「やんごとなき名僧」ということです。この時代の僧は貴族の出が多いので自分のどこかにふるい生活を捨てきれない、そんな人もいたのだろうとは思います。

この名僧、密かに通っていたのが殿上人てんじょうびと邸宅ていたくということです。殿上人である主人が弥生やよい三月の二十日すぎに参内さんだいしました。その隙に、この名僧密かにやしきにやって来ました。女性の部屋に入ると別世界だったでしょう。やはり匂いが違います。こうの香りが残っているし調度品ちょうどひんの色使いもあざやかです。ここで何が不釣り合いあいかというと、僧の衣です。地味な色の僧衣そういを脱いでくつろいだでしょう。
女の召使いは僧の脱いだ装束しょうぞく衣紋掛えもんかけけのさおに掛けました。余分なものがなかったので主人の衣服のかけてあった棹に並べて掛けました。
この日、宮中から知らせがやってきます。他の殿上人と一緒に出かけることになったそうです。邸には帰らず宮中から直接向かうので着替えが必要だ。行き先を知らせるから普段着ふだんぎ烏帽子えぼし狩衣かりぎぬを用意しなさいということです。使いの者の話を聞いて、女の召使いが用意いたしました。烏帽子は間違えようはないでしょう。僧侶は被りません、特別なとき以外は。ところが狩衣の方はよく確かめもせず、部屋は明るくないかったでしょうから、僧侶の衣服と取り違えました。柔らかい手触りだけで主人のものだと判断してしまいました。
殿上人はすでに行き先で待っていました。ほかの公達きんだちたちも同じように届けられた袋から狩衣と烏帽子を取り出しています。殿上人も届けられた袋を開いて中のものを取り出しました。烏帽子はありますが狩衣がない。底のほうまで探したがない。あるのは地味な鈍色にびいろ僧衣そういだけ。
全てを察するのにさして時間はかかりませんでした。
「そういうことであったか」
表情ではそう語っていたのでしょう。誘い合わせてやって来ていた公達にも何事が起きているのか知れてしまいました。こんなことがあからさまになるとは、どれほど恥辱ちじょく屈辱くつじょくだったでしょうか。
しかし、取り乱すことはありませんでした。
冷静に歌を作りました。たたんだ僧衣のうえに置き袋に入れて使いのものに持って帰らせました。
「こはいかに 今日は卯月うづきの 一日ひとひかは まだ着もしつる 衣替ころもがえかな」

妻に秘めたることがあらわになったと告げたからには、邸には帰りません。そのまま縁を絶ちました。

人の口には戸はたてられないと言いますが、漏れてしまいました。しかし、心ばせのあるきわめて矜持きょうじのある人だと賞賛しょうさんされたということです。


#古典が好き


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