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短編「worlds end」

 罫線を引くこと。補助線を引くこと。私がIに教わったことのすべてだ。
 Iは私が高校に進学するまえに首を吊って亡くなった。遺書はなかった。
 Iについて知っていることはそれほど多くない。塾の講師をしていて、さつまいもパンが好きでよく夜更かしをしていることくらいだった。

 Iが死んだあとも私は普通に高校に通っていた。仲のいい友人は一人もいなかったがいじめに遭うこともなく普通に暮らしていた。心のどこかにIの存在が棘のように刺さっているということもなかった。

Iと私は肉体関係を持っていたがどちらかがどちらかに依存するということもなく私たちは一定の距離を保っていた。行為のあとでIはよくさつまいもパンを齧っていた。その様子がどことなくリスに似ていたので私は彼をひそかに「リスくん」と呼んでいたのだが彼はそういった副助詞的な事柄には関心がないようだった。

 ある朝行為が終わったあとでIは私に

 ー君って淡泊だね。白身魚のようだ

 と私をからかった。私は

 ーいや、どちらかというとマグロに近いと思う。

 と返した。事実私は性欲は強いほうだと思う。ただ表には出さないだけだ。

 ここまでIとの思い出を漫画の回想シーンのように語ってみたが私とIとの間には取り立てて変わったことはない。どこにでもいる普通のセフレとしてIとは関わっていたつもりだ。Iが死んだことも私に原因はないと思う。Iには奥さんがいて私との関係がバレて追い詰められて・・・みたいな昼ドラにありがちな展開もなかった。

 私はスーパーに買い物に行く。いつも寄るのは惣菜コーナーだ。コロッケと肉じゃがを買って帰る。夕方の街はひんやりとしていて気持ちがいい。マフラーを巻いて来ればよかったなと少し後悔する。

続く)

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