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SF作家

 私はSF専門の人気作家で、毎日のように作家志望の人たちから読んで欲しいと沢山の原稿が送られて来る。
今朝は、先生にぜひ読んで頂きたい、と原稿を持って若者が自宅に押しかけて来た。
断ると、読んでくれるまでここを動かない、と玄関の前で座り込んだ。
私などより、これから編集者が来るので彼に見てもらうといい、私は締め切りがあるので失敬するよ、と言って家に入ろうとすると、
「いいんですか?それで」と言う。
彼は振り返った私の胸に原稿を押しつけて、
「あんた、ヤバイ事になるよ」と言う。
なんのことか?と彼を見ると、
彼は自作だという原稿を声を出して読み始めた。
それはなんだか聞き覚えのある文章で、先の先まではっきりと頭に浮かんで来る。
なんだこれは?と不思議に思っていると、若者は原稿を読むのをやめて
「だってアンタのだもの。アンタが今書いている原稿だからさ」
と言う。
驚いて若者の顔をまじまじと見ると、にやけた顔で私を見ている。
カッとなって、
「この泥棒!」と叫んで彼の手から原稿を取り返そうとすると、彼は私を振り払い、
「書いてあるよ、結末。アンタが書けなくて四苦八苦している結末。しかもこれサイコーだぜ」
と言う。
「まさか!?いつ盗んだ!夕べか、さっき訪ねて来た時か?」
そう言いながら、ずっと徹夜で原稿に向かっていたので、そんな事は誰にもできるはずはないのを、私がいちばんよく知っていた。
「見たいか?見たいだろ!だって書けないんだもんな。あと少しで原稿を取りに来るのに、ひと月以上全然何も浮かばないんだもんな」
そう言って若者は私を馬鹿にしたように笑った。
混乱しながらも、とにかく原稿を取り返さなければと私は必死になった。
「手を離せよ。読んでやるよ。聞きたいだろ結末」
若者はいやらしい口調で言った。
私は誘惑に負け手を離した。
若者が読み上げた結末は、このひと月私が書いては破ったどの結末よりも素晴らしく、それどころかこれまでの作品の中でも群を抜いて素晴らしかった。
私は若者に嫉妬した、と同時に怒りが込み上げて来て、若者を力いっぱい突き飛ばし原稿を奪い取った。
若者は倒れた勢いで玄関の石段で頭を打った。
彼の後頭部から血が溢れて出ていくのを私はぼんやりと見ていた。
「先生?」
その時、後ろで声がした。
振り返るとそこに編集者がいた。
「原稿できたんですね!結末書けたんですね」
私が手に持っていた原稿を見て編集者は弾んだ声で言った。
瞬間、事の一部始終を見られたと思い若者が倒れている方を振り返ると、どうしたことか、そこに若者はいない。
それどころかあんなに溢れ出ていた血の跡すらない。
訳がわからず立ち尽くす私の手から編集者は原稿を取り上げ声に出して読み始めた。
それは私がひと月かけて書いた何十もの結末の中でも、いちばんつまらない、今朝書いたホヤホヤの最低の結末だった。
編集者は小さくため息をついた。
いや、それは違う。もっと素晴らしい結末が書けたんだよ、それはね、、と言おうとしたが全く思い出せない。
あんなに素晴らしい結末だったのに、私の最高傑作になるはずだったのに。
目からポロポロと涙がこぼれ出るのを感じた。
私は呆然と立ち尽くしたまま、宿題ができなくて母に叱られて泣いた、もう50年以上も前の夏の終わりを何故か思い出していた。


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