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喪主 その1

「私もよ。私も頭の整理がつかない。だって奇妙でしょ。まだ死んでもいないのに、ううん、死ぬ予定が決まってもいないのに喪主だなんて」
アリスは頭を左右に振りながら語尾を強めた。
まだ元気でいるのに、「まだ死にたくない」が口癖なのに。母は余命宣告されやっとの思いで死を受け入れた友人に向かって「私はまだ死にたくない」と言ってしまえるひとなのに。それが突然、私たち子供に向かって、親戚も巻き込んで自分の葬式の喪主を決めろ、と電話してきた。
いや巻き込まれているのはむしろ母の方かもしれない。90になる母の兄は家族、親戚だけでなく知人友人の、応援している政治家の、昨日初めてあった誰かであっても人生のイベントがあると聞くとお祝いの席に顔を出して頼まれてもいないのに主賓のようにスピーチするのを生きがいとしている。この一件も子供達がだれも喪主を務めないなら自分がやると言っているらしい。長男が絶対の母の世代においておじが何か言えばみな従わらずをえない。母の「兄ちゃんが言っているから」で私たちは何度も振り回されて来た。
「ひまなの。ひまなのよ、おじちゃんは。そのうち私たちの喪主もやりたいって言ってくるわよ」とケイちゃんが笑って言った。
「ケイちゃん、おじさんはよかれと思って」と言ってみたが、おじさん、あんたが先だろと怒りがこみあげて来て言葉が続かなかった。
「ケイ、おじちゃんに電話する」おじにいちばん気に入られているケイちゃんが言った。ケイちゃんは50を過ぎた今も自分のことを「ケイ」と言う。おじはケイちゃんがいないと「ケイコは出かけてるのか?」と昔からよく聞いた。ぶりっ子の世渡り上手なんだよケイちゃんは。末っ子のアリスと陰でよく言ったものだ。
「電話するよ、おじちゃんに」ケイちゃんはスマホを取り出して「えーっとおじちゃん、おじちゃん、、あれっおじちゃんの名前ってなんだっけ」

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