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恋することについて

恋をしなさい
と父は言った。
君はますます輝いて
傷ついた心の痛みも
君を輝かせる。

恋なんて
しなくていいよ
と母は言った。
恋をしたらお前はお前でなくなる
お前はどんどん傷ついて
そして誰かを
どんどん傷つける。

西向きの埃っぽい部屋で
冬の陽に当たりながら
コーヒーを煎れる父を見る
震える白い指から香りが立ち登る。
けたたましい声
鵯が窓ガラスの母の影を横切る
庭に向けられた母の鋭い目は
もうずっと前から彼女のアルバムの印画紙に
定着してしまった。

ふたりは
海へ行った
電車の窓から吹き入れる潮風にあたりながら
二人は景色を見ていた
同じ時間が同じ速度で流れたらよかったのに
目に映る景色が同じ模様だったらよかったのに
ね、お父さん
恋は残酷だね。

父の煎れてくれたコーヒーを飲みながら
私はふたりが恋したこと
について考える



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