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2021年3月24日(水)歯医者に行った

 今日は歯医者だ。
コロナ禍で医者に行くのは不安だけれど、前から気にはなっていたのに放っておいた歯が、いよいよ痛み出した。
散々迷ったが、痛みに耐えられずマスクをして出かけた。
歯医者に着くと待合室は、治療を待つマスク姿のひとで溢れていた。
感染の恐怖が押し寄せて来て、どの人も感染者に見えてくる。
皆からすれば私も同じように見えているだろう。
来たことを後悔し始めていると、名前が呼ばれ診察室に通された。
「痛みますか?じゃあマスクを外して口を開けて下さい」
と医者が言った。
「マスクは取れません」
と咄嗟に私は言った。
「え?」
「マスクは取りません」
とさっきよりはっきりとした口調で言ってしまい、自分でも驚いた。
「ああ、大丈夫、痛くないように麻酔をして治療しますから」
と医者は笑った。
私が治療を怖がっていると思ったらしい。
私は医者の態度に少しムッとして、あらぬ事か
「そうじゃないんです。マスクを取らずに治療して欲しいと言ってるんです」と言ってしまった。
医者はマジマジと私の顔を見て、
「あのですね。ご覧のように大変混んでおりまして早く治療を始めたいのです。ご協力お願いします」
と丁寧に言った。
私は冷静になろうと思ったが、口から出て来た言葉は「嫌です」だった。
そしてその瞬間、頭にカーッと血が上り、
「マスクを外したらウイルスに感染する」と言ってしまった。
いい大人がだだっ子のようなことを言う、と自分でも思った。
医者はちょっと驚いた様だったがすぐに合点が言った顔をして、
「ああ、そっちですか。大丈夫ですよ。私もスタッフも皆マスクをしていますから」
と言った。
「卑怯じゃないか!」
私は声を荒げた。いよいよ、自分でも自分をどうにも止められない感じだった。
隣の診察室から聞こえていた歯を削る音が止まり、待合室もしんとして何事が起きたのか、とみな固唾を呑んで次の展開を待っていた。
「自分たちの身は防御して、私をウイルスに晒すんですか!」
と病院全体に響き渡る声で私は言ってしまった。
一瞬、「ああもう手に負えない」と医者の顔に書いてあるように見えたが、医者は私の耳元にゆっくりと顔を近づけ落ち着きのある小さな声で言った。
「どこでお聞きになったのですか?マスクを付けたままの治療は特別な患者様にだけしている治療法です。いまここでやるわけにはいきません。スタッフにも秘密なのです。
午前零時にまたおいで下さい。そうしたらマスクをしたまま治療いたしましょう」
医者は私の椅子を起こし、真剣な顔で私を見て小さく頷いた。
私は無言で椅子を降り、戸口に行って立ち止まり、振り返って医者を見た。
医者はまた小さく頷いた。
笑みを浮かべているのがマスクの上から見てとれた。

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