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寝る前のメモ。


9月に入り、亀岡をキーワードにさまざまなバックグラウンドの方が集う瞬間に出会い、時には案内をさせていただきながら過ごしています。

働きはじめてからの6年半、地元商店街や京都府北部との関わりを皮切りに、さまざまな方との出会いを通じて京都が1200年以上の時をかけて育んできた魅力を再認識していくような時間を過ごしてきました。

もちろん、すべての領域は果てしなく深く、まだまだ知識が追いつかないところもたくさんあるのですが、それらを受け継ぐ方々がこんなにも身近にいらっしゃり、また、私たちの日常のなかに意図せず組み込まれている精神や習慣があることを改めて感じます。

そして、そのなかにはSDGsという言葉が生まれるよりも遥か前から、知恵として実践されてきた生活文化や民俗芸能がたくさんあり、建築やアートなど、その周辺やあとにつづく文化への影響を実感しているところです。

そうした物語をどうにかつないでいけないかと試行錯誤しながら取り組みを重ね、どうやらこれがちゃんと伝えられるかたちになってきたことを実感しはじめていた矢先、ご近所の縁でつながったアメリカやイタリアからのゲストをご案内する機会をいただいて、チャレンジしてきたことは間違いではなかったと思える瞬間がありました。

(先日までのオランダ視察でも、やっぱりそれを実感することが多かったし、帰りの飛行機は衝動が抑えられなかったです。笑)

少なくともこの数年間は、地元の幅と奥行きを知る時間だったように思います。その結果、時間というレイヤーでもいくつかの分野を横断したかたちでもある程度は案内できるようになってきたんじゃないかと思っていて。縦軸にも横軸にも移動ができるようになり、描いていた風景にまた一歩近づくことができたのではないかと思います。

この場所に積み重なってきた物語を受け取るのは誰か?と思ったときに、やっぱり一番に伝えたいのは地元の方々で。海外の方にも深い関心を向けていただけそうな兆しが見えてきた今だからこそ、その自信をもっとまちのみんなと分けあいたい。そして、未来につづく自分たちのアイデンティティは何か、もっと一緒に楽しく考えていくムーブメントへと育てていきたい。

7年前の就活ではダメだったし、4年前の協議会でも達成できなかったけれど、そのときのアイデアをもとに小さな旅行会社をはじめたいま、商社や制作会社の機能をもちながら、30歳を迎えてようやく広がりをつくるターンにこれたのかなと思います。

悔しさや力不足を感じない日はないけれど、先の方々が切り開いてくれた道をちゃんと次へつないでいけたら。

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