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寝る前のメモ。


何度か書きはじめてみたものの、今日はいつも以上に定まらず、一旦すべてを白紙に。今日は1日を通してなんだかバチっとこない感じだったといえばそうなので、それはそれとして受け止めるのがいいのでしょうな。

こうやって書いていると、そういえば、あれがあったわ!というエピソードを思いつくのでおもしろいし、自分自身の中でも些細なことから振り返りと思考の積み重ねをしていけたらいいなと思う。

先日、仕事でお世話になったフランス人の友人が、日本に来る前はタイで6年間過ごしていたと話していた。

なんのために?と別の友人が質問をすると「For a change(気晴らしに)」と返ってきた。友人と言えど、まだ2、3回しか会っていないので本当の背景はわからない。けれど、それでタイに6年も住むという選択肢があるのか・・・と、素直にうらやましく感じてしまった。(なんかタイピングが上手くいかないので今日は早めに切り上げよう)

もし、本当に身ひとつで、何も考えずにどこかへ旅立てるとしたら、私はどこへ行くのだろう。今はどうしても「地元」という文脈が切り離せず、すべてどこかしらで接点を見つけてしまいそうになる。接点を見つけてしまったら多分話したくもなるだろうし、そうなればきっとすぐに身元がバレる。

いっそのこと、くじ引きとかで決めてしまうのがいいのかもしれないな、なんて思ってしまいそうにもなるけれど、そうはいかない。これは、本当にただひとり「For a change」のために行くとしたら?という問いかけなので、それ以外のことを考えてはいけない。(なんのルールや笑)


一度はアメリカにも行ってみたいな、とか、1年前に行けなかったイタリアには行きたいな、とか、ブラジルやコロンビアの友人にも会いたいな、とか、もう一度トルコで女性にモテるか検証してみたいな(そうだった場合はトルコ語を勉強して女優かモデルになる笑)、とか、ジャイプールやアラク谷、チェンマイあたりに行ってみたいなとか。

挙げてみたらくだらないこともあるけれど、国内も含めてまだまだ行きたいところがあるんだよね。北海道は行ったことがないし、東北ももう少し行ってみたい。(ちなみにエストニアは、ストップモーションのフィルムスタジオを見に行きたい。)


なぜ、現地の暮らしをそこまでして知りたいのかと言われたら、やっぱりもっと理解したいことがたくさんあるからなんだと思う。連日流れてくる技能実習生の悲しいニュースやミャンマーの軍事クーデターに心を痛めないわけではない。特に技能実習生の件は、できることなら家族のもとへ行って謝りたい気持ちすら湧いてくる。

もちろん、きれいごとだけでは生きていけないかもしれないけれど、まずは自分の手の届く範囲からできることをしていくしかないのよね。小学生の頃に見ていたTV越しのイラク戦争のニュースがずっとあたまの中から消えなくて、でも、現地ですぐに役立ちそうなスキルを持っていない私には(特に医療)、私という現在地からできることを考えることしかできないわけで。



あれ、結局なんの話だったっけ、という感じですが、すこしずつ全体の構想を前に進めていく1年にしないとね。十分足踏みしたと思うので。

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