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寝る前のメモ。


人が話しているときはまったく気にならないのに、自分自身が違和感を感じたり、批判的な状況だったりを言葉にしてしまうことで、そういう心があることを卑しいと思い、自分のことが嫌になるサイクルがずっとあった。「悪口を言いながら出会った友だちとは長続きしないよ」と、小学生の頃に母に言われたのがきっかけだと思う。多分、祖父母の受け売りだったと思うけど。

八方美人でいようとかではなくて、なんだろうな、とにかく自分のなかに薄暗い感情が湧き上がる瞬間が怖い。だから黙って考えて、自分が納得できるロジックができてからはじめて人に話す。冷静に伝えられる距離まで離れて、そうなってはじめて違和感を口にする。

吐き出してしまうことでスカッとして、そのあときれいに晴れている人たちが時々羨ましく、これはずっとじめじめした環境で育ってきた産物か・・・(関係ないとは思うけど)とすら思えてくる。愚痴として誰かに話すと、客観的に卑しさや憎しみをもっている自分の存在に気づくので、なるべく避けるようにしてきた。こうして毎晩書くという行為もおそらく、感情と一定の距離をつくるための練習で、こうすることでしか報われない日もあったと思う。

ここまできて思うのは、私はつくづく重いほうの人間だということ。考えることも深めたいことも、大切にしたいことも。ひとつひとつが重い。そして、その重さがすこしネックになってきたと感じる頃で。



だから、性質の異なる人の存在はすごく大事で、なんかこう、「わたし」を開放してくれるよね。ずっとこうして向き合ってきたことを肯定されたときに、なんだか少し優しくなれた気がして。いつの間にこんなに鎧をかぶってしまったのか・・・とちょっと馬鹿らしくなった。

世の中のことで、自分の手が及ばないことを、そんなに重く受け止めたらだめですよ!と言われて、ひさしぶりにあたまが軽くなりました。昔からすぐに感情移入してしまうから、目の前の出来事に対して何もできない無力さとか悔しさに覆われそうになったけど、寝言は寝てから言うべし状態ですよね。まずは己をレベルアップせよ。


なぜかわからないけれど、今日だけでも「旅行業があれば今すぐ相談したい」と立て続けに言われて、なんとなく逃してはいけない機会のように感じました。資格があれば、そうなるように動いてきたことが報われるとも捉えられる。最近は、いただく相談の領域が広がってきた気配も感じているので、今年も諦めかけていた勉強を2週間だけ集中してやってみようと思います。

ということで、しばらく勉強に専念しようと思うので次の更新は早くても2週間後になるかな。日々が終わらないことに嘆いていたけど、意志があれば終わらせられるというか、区切りはつけられる。

そのあとも、まだまだやりたいことが渋滞中なので、一旦ここに集中してみようと思います。

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