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挽回のユーロ Football がライフワーク Vol.7

近頃は、寝不足との戦いにもよく負けるようになった。1年の延期を経て、東はアゼルバイジャンのバクーから西はスペインのセビージャまで、11の都市にまたがって欧州選手権:ユーロが開催された。創設60年の記念大会、個人的には今年のメインイベントだというのに、注目していた試合をライブで見逃すことが増えた。こんなとき避けたいのは、ネットニュース等でうっかり結果を知ってしまうことで、なかには「〇〇と〇〇が準決勝進出」など、一文で複数の結果がわかる「難敵」も紛れているのが手強いところだ。決勝トーナメント1回戦、スイスが先手を取りながら、追加点となるPKを逸してW杯王者に3点を連取され、完全に形勢逆転されたかに見えた状況から同点に持ち込み、果てはPK戦を制したフランス戦は、おそらくここまでのベストゲームだ。この激闘の結果を知らずに観られなかったことは、痛恨のミスだった。

チームの主軸、象徴的な存在が生命の危機に瀕したショックは、いかばかりだったろうか。幸い一命はとりとめたものの、試合中の心停止に伏したクリスティアン・エリクセンを思いやり、決勝ゴールを奪っても手を下に降ろして過剰な盛り上がりを鎮めたのは、ベルギーのケビン・デ・ブライネだった。1992年大会、内戦勃発で出場資格を失った旧ユーゴスラビアの代替出場で奇跡的な優勝を果たしたデンマークだが、不慮のアクシデントを受けメンタルケアが施された今大会は、2連敗で敗退が濃厚かと思われた。ところがグループステージ最終節、2試合で1点止まりだったチームがロシアから大量4点を叩き出し、逆転で決勝トーナメントに進出。2本のシュートを阻まれた直後に3点目を決めたアンドレアス・クリステンセンの鮮烈なミドルシュート、初戦では倒れたエリクセンを囲んだ円陣が、他会場の結果を待って歓喜に湧いた場面は、大会のハイライトになった。

広域に加え、有観客開催。マスクもかけずビールを片手に色めく観客の姿は愉しげだったが、傍らで呟いた母の言葉が、一般的な日本人の感想かもしれない。「これ、いま?過去の映像やろ?」発表された数字を単純比較すれば、新型コロナの感染状況が日本より深刻だった地域も多い欧州では、リスクの高い方式に映る。それでも、事前に目立った反対運動があったとは聞かない。これを、本場ならではのフットボールへの理解と情愛の深さだと受け止めるのは、的外れなのだろうか。日本では、今大会からの変化が一つ。2004年から2012年大会まではTBS、前回2016年大会はテレビ朝日で一部の試合が中継されていたのが、地上波での放送が無くなってしまった。チャンピオンズリーグも含め、海外のコンテンツは地上波でめっきり見かけなくなった。日本協会技術委員長・反町康治の言葉を借りれば、これも国内でのフットボールの「アンダーグラウンド化」の一例だろう。

連続3失点から盛り返してフランスを撃破したスイスはベスト8進出、エリクセンの発病と2連敗に見舞われたデンマークはベスト4進出。いつになく凡庸なゲームが多い印象だった序盤から、一転して熱戦が相次ぐようになった今大会のキーワードを見出すなら、「挽回」ではないか。だから、ベスト4のなかでこの流れに沿って優勝するのは、滑り出しは低調でも徐々に本領を発揮してきたスペインではないか、そう思った。ダニ・オルモとのパス・アンド・ゴーで抜け出したアルバロ・モラタが同点とした時点ではスペインへの期待が膨らんだが、その後、過去に一度ならず苦杯を嘗めたPK戦を制したのはイタリアだった。W杯では2006年の優勝以降2大会連続でグループリーグ敗退、直近の大会には出場すらできなかった。ロベルト・マンチーニのもとで蘇生したアズーリもまた、国際舞台での失地回復という挽回を実現したのだ。対するは、ユーロでは初、メジャー大会55年ぶりの決勝を聖地ウェンブリーで戦うイングランド。日本時間の明後日の未明、さまざまな挽回が紡がれた大会の頂に立つのはどちらだろうか。そして私は、新たな一週間を前にライブで観られるだろうか。

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