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【シリーズ:入管の数字マジックVol.3】「4000人中難民は6人だけ」〜難民審査参与員の業務量は適切か?〜

このシリーズは、現在、国会に提出されている入管法改正法案の審理の前提となる数字、統計が入管から提出されておらず、採決が強行されたことに危機感を持って、書き始めたものです。

賛成派にも、反対派にも利益のある話です。命のかかった大切な法案だからこそ、吟味されるべきです。


1 法案賛成派の意見から


法案賛成派に良く見られる意見。

強制送還を拒んでいる人の中には、嘘を付いている人や犯罪を犯す人もいて危ないし、保護されるべき人は3回も審査すれば、さすがに保護されるから、残りの人は送還されても仕方ないのではないか?

今回は、この意見のうち「保護されるべき人は3回も審査すれば、さすがに保護されるから」部分について、再び取り上げます。

入管は、本当に保護されるべき人を、本当に保護しているのでしょうか?


2 柳瀬参与員の「難民は、約4000人中6人」発言

有料記事ですが、4月13日付の朝日新聞の記事で、

https://digital.asahi.com/articles/ASR4F6256R43UTIL01X.html?_requesturl=articles%2FASR4F6256R43UTIL01X.html&pn=12

「難民審査参与員」を務める、柳瀬房子氏の発言が紹介されていました。

「難民認定すべきだとの意見書が出せたのは約4千件のうち6件にとどまる。難民条約上の難民に当たる人は少ないのが実態だ。」

2023年4月13日朝日新聞

今回、取り上げるのは、この「難民認定すべきなのは、4000件中6件」という数字についてです。


3 難民審査参与員とは?

本題に入る前に、難民審査参与員(長いので「参与員」と呼びますね。)について、ざっくり説明をします。

用語を用いた説明は、注に譲りますが*1 、かなりざっくり言うと、

入管の難民審査の手続きで、難民ではないと判断された難民申請者が、それは納得がいかないと不服申し立てをした場合に、

不服申立ての手続の中で、その人が難民として又は人道的に保護されるべきか否かについて、最終決裁者である法務大臣に意見を述べる役割の人たちです。

参与員のバックグラウンドは様々で、元裁判官や元検事、弁護士、国際紛争等について詳しい大学教授や元団体職員、難民の支援団体役員などが選ばれています。*2

参与員制度の「みそ」は、入管の職員ではない人が、審査に関わる、と言うところにあります。

具体的な参与員の仕事は、

① 難民申請者から出される資料を検討すること、

② 難民申請者に直接会って、その意見や説明を聞いたり、直接自分が申請者に質問をして答えを聞くこと(この手続きには弁護士が同席できます。)

③ ①と②を踏まえて、法務大臣に意見書を書くこと

になります。

申請者によっては、②の対面での審査の機会を放棄する人もいますので*3、その場合は、①と③になります。

1件の不服申し立て案件につき、参与員が3人1組で、審査に臨みます。


4 入管の数字マジック? 本当にそんな件数を審査できるのか?


参与員について、ざっくり知っていただいたところで、4000件中、6件しか難民がいないという発言に戻りましょう。

この数字の意味を考えるため、まずは、不服申し立ての手続1件あたりにかかる労力について、イメージを共有してみたいと思います。


高さは、12センチくらいでした。

これは、私がある難民ケースで、参与員の仕事で紹介した対面での審査の機会のために準備した資料一式です。

資料には、
・この人を難民として保護すべきであるという趣旨の意見書と、
・その国の歴史や政治の情報、同じような立場、属性の人がどんな迫害を受けているのか等(出身国情報)と、
・その人が、迫害されるおそれがあることの証拠、
・難民に認定されなかった入管の手続きで、その人が入管からの事情聴取にどんな風に答えていたを記載した供述調書などの書類が入っています。

難民ケースを担当する弁護士であれば、資料は、これより少ない場合も、もっと多い場合もままあることを知っていると思いますが、

何となく、物量のイメージが湧くかも知れないと思い、あくまで参考までに写真にしてみました。*4

参与員達は、割り当てられたケースについて、このような資料を読み込み、自分で追加で調査したりして、対面の審査に臨みます。

申請者の一生がかかっているので、準備には、相応の時間も労力もかかります。
(かかるはずです、かけてくださいという気持ちです。)

そして、対面審査には、その人の原則的に母語の通訳が入るやり取りであることもあり、2、3時間、案件によっては半日がかりものもあります。

イメージを何となく、共有できたところで、数字の話に戻ります。

数字を読み解くポイントは3つです。

(1)本当にそんな膨大な件数を処理できるのか

(2)膨大な件数を、「ほとんど難民がいない」という意識で審査することは適切なのか

(3)柳瀬参与員の「4000件中6件」発言は、一般化できるのか

(1)本当にそんな膨大な数を処理できるのか

柳瀬参与員は、2021年4月に国会で参考人として、

「参与員として17年間に渡り、2000件を担当したこと、難民として認めるべきだと意見書を書いたのはわずか6件」「入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることことができません」

という旨の答弁をしています。そして、これらの2000件は、全て対面での審査だったと。(このことは、2023年4月25日の国会答弁で入管側も認めています。)

そして、この発言は、今回の法案の正当性の根拠として用いられています。


出入国在留管理庁HP「入管法改正について」添付資料の一部

年によってばらつきはあるでしょうし、案件の難易の違いもありますが、単純に年数で割っても、1年で120件近く。1ヶ月に10件くらい。

非常勤の参与員が対応するには、かなりヘビーな量だと思います。
先ほどの物量を思い出していただければ、イメージは共有できるでしょうか。

さらに、2023年4月の先ほどの記事(これまでの処理件数約4000件)によると、2021年4月から2023年の4月までの2年間に、さらに2000件を処理したことになる。


私は、参与員1人が2年で2000件という数字に驚愕しています。


できるはずがない、できてほしくないと。

柳瀬参与員に案件が偏っているのではないか?ちょっと計算してみました。

2023年4月1日段階で、参与員の一覧は、下記の通りで、合計117名。

https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri08_00009.html

2021年及び、2022年の不服申し立ての処理件数(処理件数−取り下げ件数)は(1月から12月の集計なので、4月始まりではないですが)、

2021年が 6741件 *5 

2022年が 4740件 *6 

合計1万1481件

単純に参与員の人数(117人)で割ったら、1人当たり2年間で約98件のはずなのに、柳瀬参与員は、1人で2000件。

1人で全件の約17%を処理している計算です。

柳瀬参与員の発言とその分析については、こちらのDialogue for Peopleの安田菜津紀さんの記事に大変詳しく解説されていますが、https://d4p.world/news/20708/

安田さんの取材によれば、年に1回も呼ばれなかった参与員もいたと。

もし、柳瀬参与員の発言が事実であるならば、一部の参与員に案件が偏っている可能性が高いと言えます。

案件が偏って、1人の参与員の負担が増せば、適正な審査が期待できなくなります。

(2)膨大な件数を、「ほとんど難民がいない」という意識で審査することは適切なのか

もう一つの視点は、膨大な案件を「難民はほとんどいない」という感覚で処理していくことの恐ろしさです。

入管は、「難民はほとんどいない」と思っている参与員のアンテナをさらに鈍らせるようなシステムを作り上げているので、紹介します。


難民参与員の中には、「臨時班」と「常設班」があり、

「臨時班」には、入管から、①対面での審査の機会を放棄して書類審査だけの案件や②「早期に処理すべき」ケースが割り振られます。

①対面での審査の機会を「放棄」していると言っても、中には、入管の職員に放棄の書類にサインするように言われ、言われるがままサインしてしまった人も含まれます。

②入管は、申請を受理した段階で、「迅速処理」のために、申請された事案を4つのグループに振り分けるシステムを導入しています*7。

入管自身が振り分けた「優先度」(入管が最初から疑って予断が入っている懸念があります。)に応じて、処理を変えるわけです。

①②の結果、必然的に、臨時班の方が処理件数が多くなる。

そして、臨時班に割り振られる案件は、難民として認定される可能性がそもそも極めて低い事案か、書類だけで資料が乏しいか、難民認定されることがほとんどない。

そして、それらの案件は、入管が「早期に処理できる件」としてパッケージした状態で持ち込まれるため、「いや、本当は難民かも知れない」とフラットな意識で処理することを期待するのは、なかなか難しいでしょう。

それも、「2000人中難民は6人だけ」という意識を持って、膨大な量を処理していくのですから。


「予断」、という言葉があります。何かを始める前に予め判断を下していることを指します。

現在の入管の不服申し立て処理のシステムは、まさに、

予断×予断

入管がこれは難民ではないという「予断」を持って分配した案件を

難民はほとんどいないという「予断」を持った参与員が審査したとしたら。

本当に1人も難民を取りこぼさずに、審査できるのでしょうか。


(3)柳瀬参与員の発言は一般化できるのか?

柳瀬参与員は、主に臨時班に所属していたのではないか?

そうでなければ、2年で2000件もの案件数を処理できるはずがありません。

そして、「臨時班」で処理される案件に難民認定されるべき事案が少ないことは、当たり前です。

そうすると、柳瀬参与員の「難民はほとんどいない」発言は、難民申請事案全体に一般化することはできないはずです。

さらに、柳瀬参与員は、その2000件を、「2000人中難民は6人しかいない」という感覚で、審査されていた可能性も否定できない。

柳瀬参与員を始め、参与員の方を個人攻撃するつもりは全くありません。真摯に対応されている参与員の方がいることも知っています。

現在の難民申請の不服申し立ての処理システムが、「1件もとりこぼさない」ことを担保するシステムにはなっておらず、常にヒューマンエラーの可能性を抱えた制度設計になっていることを、指摘したいのです。

と、以上は現在の私の「推測」です。

なぜなら、入管は、各参与員の処理件数や臨時班、常設班に割り振られている参与員の人数や案件数について、公表していないからです。

4月25日の国会答弁では、立憲民主党の鎌田議員がこの柳瀬参与員の処理件数や臨時班だったかどうかを追及しましたが、入管の西山次長の回答は、

「特定の難民審査参与員の年間処理件数というものは集計していないので、当方としては把握していません」

というだけのものでした。

統計もなく、各参与員の負担の偏りがないかどうかについて把握できないまま、どうやって、適正な審査が行われていると胸を張れるのでしょうか。

そして、柳瀬参与員がどんな案件を処理してきたのか、明らかにならないのに、どうして彼女が処理した案件以外の案件までを含めて、日本の難民申請者の中には、難民はほとんどいない、ことにできるのでしょうか。

結局、難民認定率が低いのは、難民として保護すべき母数がそもそも少なく、多くの難民申請が「誤用」や「濫用」だからなのだ、という入管の主張を支えるのは、柳瀬参与員の発言のみで、数字的な根拠はまるでないのです。https://www.moj.go.jp/isa/content/001391854.pdf


5 最後に〜揺らぐ「立法事実」〜

いかがでしたでしょうか。

法律を作ったり、変えたりするときには、その必要性が問われます。

為政者の都合で決めるのではなく、社会にその要請があることが前提なのです。

「立法事実」とは、法律が作られるにあたり、前提とする社会的な事実を言います。

例えば、少年犯罪が凶悪化しているので、少年法を改正する、という場合の「少年犯罪が凶悪化している」の部分が立法事実です。

「凶悪化」しているかどうかは、過去の少年犯の検挙件数や罪名や処理結果など、各種統計を用意した上で、判断することになります。

今回の入管法の改定案は、この立法事実を支える統計資料に乏しいのです。

入管は繰り返します。「そのような統計はなく、お答えできません」

統計できないのではなく、統計しないだけです。

統計に時間がかかるなら、統計が終わってから審理すべきでしょう。

私たちはもう、入管の言い訳を許してはいけません。

命がかかっているのですから。
与えられるべき保護から取りこぼされる難民が、「1人でもいたら許されない」のです。

今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

※本記事も、髙橋済弁護士に監修をお願いしました。ありがとうございました。

弁護士 西山 温子

*1 日本の難民審査の手続きについて、説明します。https://www.moj.go.jp/isa/applications/procedures/nanmin_flow_00001.html

難民審査は、大きく分けて、「一次審査」と「審査請求」の手続きに分かれます。

一次審査は、難民審査調査官と呼ばれる入管の職員が調査をして、それに基づき、法務大臣難または、地方入管局長が難民認定をするか、難民不認定とするかの処分を決めます。

一次審査で、難民不認定となった場合には、不服申し立てが認められており、この不服申し立ての手続きが、審査請求と呼ばれる手続きです。

審査請求の手続きでは、不服申し立てをした難民の申請者が「口頭意見陳述」という、審査する側と対面で、自分の意見を言ったり、審査される側から質問を受ける機会が与えられています。この審査請求段階で、難民審査に立ち会い、法務大臣に難民と認定すべきか、不認定のままなのか意見を言うのが難民審査参与員です。

*2 「公正な判断をすることができ、かつ、法律又は国際情勢に関する学識経験を有する者」であるはずの参与員ですが、これまで度々その発言などから、適格性が疑われるケースが報告されています。

 アフガニスタンのタリバン政権について「タリバン族」と呼ぶとか、コンゴ出身で軍人からレイプ被害にあった女性に対して、(君が)美人だから?等と言ったと言う発言が問題にされたことがあります。

  参与員の問題言動集は、こちら。http://www.jlnr.jp/statements/2017/jlnr_suggestion_20170912_annex.pdf

*3 弁護士がいるケースばかりではないので、中には入管の職員に説得されるがまま、対面審査の機会を放棄する旨の同意書にサインさせられ、迅速処理案件に回されている人たちがいることも、問題になっています。

*4 この写真のファイルは、私の手控えなので、一部証拠資料をA4に2ページ印刷をしていたり、入管から取り寄せた資料は、非開示箇所が黒塗りで、1ページ真っ黒だったりするものは省いてファイリングしているので、実際に参与員の手元にあるファイルはもう少し厚いと思います。

余談ですが、入管が開示してくる情報に非開示部分が多いと言うのは、この記者会見も思い出されます。

https://digital.asahi.com/articles/ASP8K6KW2P8KUTIL03N.html

*5 https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/07_00027.html

*6 https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/07_00035.html#

*7入管は、難民審査数の増加や難民申請の「濫用」「誤用」により、処理期間が長期化していることを理由として、

「迅速処理」のために、申請された事案を次の4つのグループに振り分けるシステムを導入しています。

A案件は、難民である可能性が高いと思われる案件、本国情勢により人道上配慮を要する可能性が高い事案

B案件は、難民条約上の迫害理由に明らかに該当しない事情を主張する事案(例えば、自国での借金を理由に身の危険があるなど)

C案件は、正当な主張なく前回と同様の主張を繰り返す再申請事案

D案件は、AからCに当たらない事案。

でも、割り振っているのは、入管です。その割り振りが正しいことを担保する仕組みは、現状何もありません。

例えば、迫害主体が国家でない場合には、B案件に振り分けられてしまう可能性がある。
どういう場合が「正当な理由なく」と判断されるのか分からず、証拠が揃っているケースばかりではないので、保護すべき事情があるのに「正当な理由なく」申請を繰り返していると捉えられて、C案件に割り振られてしまう可能性がある。
(※この点は、法案で、送還停止効力の例外の例外、2回不認定になったとしても、「相当な理由」があれば送還されないとされているが、どんな場合がそれに当たるのか必ずしも明らかではなく、証拠資料に乏しいケースではハードルが高いこととリンクしています。)

B案件、C案件に割り振られれば、「臨時班」に回され、予断×予断のシステムの中に入れられてしまう可能性がある。

また2020年から2022年のBC案件は、それまでよりも少ないので、D案件も「臨時班」の迅速処理に回されている可能性も否定できない。

結局ここでも、入管のブラックボックスが問題となるのです。

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