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ドイツの男

週末が近づくたび連絡をくれる、その東大生の男の子は、遠距離恋愛中の彼女が居ると言っていたっけ。バツもついていない独身の男の子と遊ぶなんて、なんだか趣味が悪くってちょっと、なんて思っていた(でも未練のある前の男と同じ大学・同じ研究室だからなんでもいいや、とも)。

待ち合わせはいつも成城石井の店内。ホテルに持ち込むお酒を選んでいる間に、彼が来る。久しぶりに会ったその夜も、ビールやワインの棚を眺めていると、すっと背の高い彼が、口の片端だけ笑って現れて「今日は、飲みに行きたい気分」と言った。

店を出て、小さな脇道を歩く。意外と背が高いので、歩調はゆっくりなのに急がないと遅れてしまう(嫌いじゃない)。見上げた横顔はテレビとか映画に出てくる人に似ている(名前は知らない)。若いのによく見ると白髪が混じっていて(そういう部分だけちょっとそそる)。

いいお店を予約したとかそういうんではなく、でも目当ての店は3軒ほどあるらしい。カウンターのみの小さな飲み屋と、タイ料理屋、どちらもしっくりこなかったのだろうか、首を傾げながら最後に立ち寄ったブラジル料理屋に入店するなり、「カイピリーニャ2つ」。

このところ縁の無かった、甘くて濃い酒を舌で感じながら。何が好きとか、苦手なものは?とか、こっちが良いなとか。二人でシェアだのどうこうする、といった選択肢は持ち合わせていない様子、なんだかホントいつも不器用な子だな。

ブラジルの国旗って再現しづらそうだな、あの星は星座なんだってとか、色はきっとハプスブルグ家だとか。日の丸の色って、実は正式に制定されていない色の番号なんだとか、昼間もいい天気の日はデートにしようね(え?)とか、つながりも取り留めもない話をする、とうとうと。

なんとなくフェイジョアータの皿が空き、牛肉の串焼きみたいなものも平らげて、もう少し飲む?1杯は無理、じゃ半分こしようか。最後の最後に「二人でどうこう」を持ち出した彼は、1杯だけまたカイピリーニャを注文して、それを二人で交互に飲んでグラスを空けた。

お店を出て、路地を歩くといつものホテルへ向かう道に出る。雨あがりで、風がまるい。きょうは、おふろにいっしょに入ろうよ。

数日前、彼が送ってきたメッセージ。<すごくいやらしいことがしたい、今までとは次元の違う。>あなたの次元って何。わからないけど、とりあえず、これまでふたりでしていなかったことを、しよう。


手を洗う私の背後から彼が体を寄せて、後ろ髪でその体温と胸板を感じる。鏡の中で目が合うとどうにも胸が甘くなってしまう、この仕組みは何だろう。顔だけねじって不器用なキスに応じると、ん、と彼の息が漏れて、あっという間に裏返しにさせられて対面になる。ああもっと、苦しいキスがしたかったのに。でも、ニットと下着の間で背中をなぞられるのが好き、だから秋が好きなのかもしれない。この季節の恋は、いつもそう思ってしまうんだなあ。

少しだけなぞってみるともうすっかり硬くなっているのは、かわいい。いつから勃っていたの。ねえ、キスをするまえでしょ。

じゃあ君は?下着と肌のあいだを彼の指が埋めて、境界線が滑っていく。彼じゃなくてわたしのこいびとは、的確さと繊細をもったファーストタッチをするのだけど、彼にはまだその概念がないらしい。興味本位で弄る手を制止して「ゆっくり。そうっと」と言うと、彼はさらに硬くなって、体を寄せた。




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