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朗読劇『ドリアン・グレイの肖像』

原作 オスカー・ワイルド
脚本 保科由里子

2023.5.3の公演の観劇レポートです。
ドリアン・グレイ 重松千晴
ヘンリー・ウォットン卿 山口智広
バジル・ホールワード 高橋広樹
シビル、ヴィクトリア 逢田梨香子
※原作読了後に観劇

友人のバジルが描いた美しい肖像画をひと目見て、そこに描かれた少年に興味を惹かれるハリー。バジルは、彼自身がその美しさの虜となっていることから、絵のモデルとなった人物・ドリアンを、ハリーから隠そうとする。「どうか悪い影響を与えないで欲しい。」というバジルの願いも虚しく、ドリアンがその場に現れる。

芸術以外に興味がないと思っていたバジルがこんなに執心しているドリアンに会いたいというハリーの関心が最高潮に達したところで登場する重松千晴さん。清楚な雰囲気が、物語のなかのドリアンにぴったり。左耳にだけ光るイヤリングはすぐに気付いた。(ハリーの立ち位置が左耳側)ドリアンにとって、バジルよりも友人として魅力的なハリーに愛されたいというドリアンのエゴの現れなのか?

更に華やかさを増したステージの中央で、重松さんの演じるドリアンは、初対面のハリーに、モデルをしている間の話し相手となってくれるように「帰らないで」と強請る。応じるハリーの焦らすような「いいよ。」が、いたずらっぽく笑った山口さんの声色がすごく印象深い。すでにこの瞬間には、ドリアンの気を惹こうとしているハリーの思惑どおりになっていて、怖いけど魅力的なお兄さんという感じがバシバシ伝わってくる。

ドリアンの美しさに惚れ込み、彼に自分の影響をもたらしたいという欲を隠しながら穏やかに語り続けるヘンリー卿の声は、毒があることを隠すために美しく咲く花々のように甘美だった。それをうっとりと聞き入れながら、今日初めて出会ったヘンリー卿の価値観、これまで知り合ったどんな友人たちとも異なる思想に混乱するドリアンがみせる無垢な表情が、とても美しい。流れ続けるハリーの美しい声を思わず制するドリアンの姿が、困惑のなかにありながら恍惚としていて、すでにハリーの思念に影響され始めているのがわかって、たまらない。

「やめて」「そんな美しい声で話し続けないで」「考えたい、いや、むしろ考えさせないで」重松さんの否定文の羅列、色気がすごかった。その言葉を引き出したことに歓びを感じているハリーの優越感に満ち足りた微笑も合わさって、大興奮した出会いのシーン。

幾度も言葉を交わすうちに、ハリーの思考に迎合していくことを止められないドリアン。

「あなたは、人生について全て知りたいという強い欲望で僕をいっぱいにした。」初めての恋に胸を躍らせるドリアンの回想を、茶化しながら聞いているハリー。

やがて、婚約をしたとドリアンから聞かされ、その相手の芝居を初めて観る晩になっても、落胆するバジルに対してハリーは動じない。ドリアンの人生を見守ることこそが、そして彼に影響を与えることがハリーの喜びであるから。

シビルは、ドリアンとの口付けの記憶に囚われて、これまでドリアンが見たことのなかった酷い演技をみせた。終演後の楽屋で彼女を否定する言葉を吐き捨てたドリアン。怒りで冷たい声色にぞっとする。傷心した少年から、激昂する男へと変化していく演技の幅を感じられた。

その晩、自室で肖像画に変化を認めたドリアンは、昨晩の自分の言葉と態度を思い出して葛藤する。「たとえ彼女を一生分傷つけたとしても、僕だって一瞬傷つけられた」その残酷さが、絵の変化として現れたことを恥じて、再びシビルを愛そうと誓う。

ハリーの訪れに、昨晩の冷酷さは影を潜め、朗らかに彼女への愛を確認しているようにみえるドリアン。その実は、自分のかけた言葉で彼女を傷つけたことへの罪滅ぼしで、自戒する自分自身をハリーに認めてもらいたい一心である。そんなドリアンに、ハリーが、シビル死亡のニュースを知らせる。

ふたりは、シビルがドリアンの名前を知らないことに安堵し、彼女の死はドリアンの言葉によってもたらされたものと明らかなのに、「自分勝手過ぎる」「(彼女とのロマンスは)素晴らしい経験だった」と締め括るドリアン。その豪胆さは、彼の生来のものなのか、隣にいるハリーの影響なのか…

前の晩には、「今後、誘惑には抗おう。ハリーと会うのはやめよう。」といいながら、次の朝には彼の思考に誘導され、自分を正当化するドリアン。移り気なハリーの性質に似てきていることに無自覚なドリアンが、綺麗な皮を被ったまま残忍な行為をしていくのが恐ろしい。「あなたはやっぱり僕の一番の親友だ。」とドリアンに言われたときのハリーの満足気な表情が、欲望を満たされていく喜びを物語っている。

ハリーと別れ、再び絵を調べているとバジルがやってくる。善良なバジルは、傷付き塞ぎ込んでいると思ったドリアンが、昨日の事件を過去だと言ってのけることに驚き、落胆する。ハリーの影響で「心も哀れみも失くしてしまった」ドリアンが、いつまでも友達でいて、と言うのに頷くことしかできない。

バジルは、ドリアンが肖像画を衝立で隠していることを不審に思い、見せて欲しいと言う。醜く歪んだ自分の肖像画を隠したいドリアンは、以前バジルがこの絵を展覧会へ出したくないと言っていた理由を聞き出すなかで、バジルが絵の秘密に気づいていないか確かめようとする。
バジルが、ドリアンへの偶像崇拝が注がれたこの絵を出品したくなかったと告白すると、ドリアンは安堵する。

18年のときが流れる。ドリアンは38歳を迎えようとしている。
ドリアンに関する悪い噂の真相を確かめようと、バジルはパリ出立の直前に、彼を訪ねる。以前より傲慢さを増したドリアンは、「僕の魂を見せる」と言って、肖像画をしまい込んでいる最上階の部屋へバジルを誘う。
変わり果てた肖像画を自分の絵だと認めると同時に、バジルはこれまでドリアンを崇拝してきた己を恥じて、ドリアンの内面の醜さを罵り始める。それでも、バジルはドリアンの罪を悔い改めるよう諭し、一緒に祈ろうとしてくれる。それは、この絵を、モデルへの偶像崇拝を込めすぎた肖像画を完成させてしまったバジル自身の懺悔でもあったと思う。
懸命に祈りの言葉を捧げるバジルに、ドリアンは部屋に置き忘れられていたナイフを突き立てる。
高橋広樹さんの断末魔が悲しく響くなか、重松さんは静かに、彼が事切れるのを待つ。深い吐息のあとに呟く「あっけないな」が、かつてのドリアンの真反対にある冷酷さで、バジルに向けられていることが切なくなる。

殺人の事実を隠すために、ドリアンは旧友である科学者のアラン・キャンベルを呼び寄せる。顔を合わすことすら嫌だという様子のアランを、ドリアンは必死に説得する。

アラン・キャンベルを演じるときの山口さんは、科学者らしい神経質な雰囲気。かつての友人ドリアンへの不信感丸出しで、嫌味っぽく応答しながら警戒心を解かない感じが良かった。ドリアンのメモによる脅しをうけたときは、俯き、再び顔をあげたときには嫌悪感と、自分の技能を試されているという緊張が表情と声から読み取れた。
一方の重松さんは、なんとか彼の手を借りようと必死に説得する様が、狡猾で、とても嫌な男に成り果てていた。自分が殺したことも自白するし、頑なに嫌がるアランに猫撫で声で取り入ろうとするし、それでもダメだと知ると脅すし。起伏の激しいシーンを、見事に乗りこなされてた。

アランの出番後の着席では、次のヘンリー卿の出番まで顔を伏せて、両足を揃えて座っていて、演じるキャラクターの違いをそこでも感じられた。(ハリーのときは、足を組んで着席されてた)声の演技以外でも、声優さんたちがどういう役作りをしているかを直接この目で見られるので朗読劇は楽しい。

ドリアンは、屋敷から離れた酒場で飲んでいる。癒やされない自分の魂を呪い、忘れるためにアヘンを嗅いでいる。やがてバジルの幻覚をみたドリアンは酒場を飛び出す。その際にかけられた「プリンス・チャーミング」の名前を聞いた水夫は、店をでたドリアンの後を追う。

シビルの弟のジェイムズは、姉の復讐のため阿片窟でドリアンとの会合を待ち構えていた。顔も、本名すら知らない男を突き止める唯一の手掛かりであったあだ名を聞きつけて、雨の降る夜道で襲いかかる。しかしドリアンは、自分の見た目がシビルが死んだ18年前と変わらないことを思い出し、難を逃れる。後に酒場の女から、ドリアンの見た目がずっと変わらないために悪魔と取引した男と呼ばれていると教えられると、ジェイムズは再びドリアンを追おうとするがすでに遅かった。
(脚本にはないけれど、ジェイムズはその後ドリアンの消息を掴み、命を狙いながら、事故で死んでしまう。また、バジルの殺人の隠蔽を手伝ったアランも後に自殺してしまう。ドリアンに深く関わる人物は、ハリー以外、みな死んでいる。)

6週間後。ドリアンの屋敷で、彼はハリーに、善良な人間になる、と誓いをたてる。その思いつきに、もしかしたら、すでに肖像画のなかの醜さもなくなっているのではないかと、胸を躍らせて階段を上るドリアン。
しかし絵は、さらに醜さを増したように見える。絶望のなか、どうしたらこの醜い肖像画から、己の罪から逃れられるのかと思案するドリアンは、バジルを殺した時と同じナイフが、今もそこにあることに気付いて手に取る。過去を殺し、自由になりたいと願って、肖像画にナイフを突き立てるドリアン。

肖像画にナイフを突き立てたドリアンは絶命する。ドリアンの照明が落とされ、額縁のなかにそのシルエットだけが浮かんでいる。断末魔を聞きつけて飛び込んできたハリーが、醜い老人の死体と、失われたと聞かされていたドリアンの肖像画を見つける。額縁のなかの美しいドリアンに心を奪われ、再びこの絵を見られた喜びを、この絵のなかと変わらず美しい姿でいるドリアンにむけて呼びかけるハリー。

光の演出と、見知らぬ死体(その実は、彼がその美しさの虜となって久しいドリアン・グレイその人である)を前に、絵に描かれた素晴らしい美貌の友人に歓喜の声をあげるハリーというちぐはぐさで、素晴らしいラストシーンだった。




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