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観劇レポート『江戸川乱歩名作朗読劇 孤島の鬼』

2023.1.24(火) 紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA
箕浦金之助 山口智広
諸戸道雄 神尾晋一郎
明智小五郎・深山木幸吉他 井上和彦
木崎初代・樋口秀代・小林芳雄他 青山なぎさ



序章

(白い土蔵の夢をみる箕浦。夢の中で、土蔵の高い窓から女が助けを求めている。

そして箕浦は客席へ向けて語りかける。この物語は、ある事件を経験したことにより30歳手前で白髪となった箕浦が、自身の体験したことを語るものである。)

探偵事務所を訪れるシーン。憔悴したトーンのセリフに続けて、語り手としての言葉が続く。疲れ果て、ようやくここへ来たという体の物語のなかの箕浦と、語り手としてニュートラルなトーンを崩さない箕浦の切替えがすごい。


1章 木崎初代

(探偵事務所の小林少年に対して語られている回想。箕浦と同じ会社へ入ってきた初代との初めて会話を交わしたとき、初代はタイプライターで【ヒグチ】という姓を何度も打ち込んでいた。やがてふたりは交際に発展し、初めて入ったホテルで口づけすら交わすことはなかったが、小さい頃の思い出を話したいと言った初代から、彼女の幼い頃の記憶にある島の風景が語られる。)

初代のほうへ視線を送る。これから語られる初代の半生への箕浦の想いが視線に込められている。懐かしそうな、恋い焦がれるような、うっとりとした口調が印象的だった。

(初代への求婚者として、諸戸道雄の容姿や、学生時代の箕浦との様子が語られる。)


(事件の日。出勤した箕浦は、上司から初代の訃報を知らされる。悲しみの中、初代の遺灰を一握り飲み込み、初代を殺した犯人への復讐を誓う箕浦。)

絶望のなか、強く復讐を誓い叫ぶ様が、掠れた叫び声が、身体を震わせて声を振り絞る姿が箕浦の決意の固さを表しているようだった。


2章 深山木幸吉

(恋人を殺した犯人を探すため、箕浦は鎌倉に住む深山木を訪ねる。)

恋人の死を深山木へ告げる、悲痛な声と、痛ましい表情。続く語りの声も悲愴感を含みつつ、しかし切り替えがされている。

(事件の日の状況をひとしきり聞いたのち、深山木は箕浦を伴い初代の家を訪ねる。そこで二人は諸戸道雄と対面する。諸戸は箕浦と二人カフェへ入ると、謝罪を試みるがじきに深山木が合流すると席を立ってしまう。)

深山木と推理を重ねるなか、花瓶を思い出す仕草で、口元に指を触れるのが色っぽい。

(1週間後、再び箕浦は深山木を訪ねる。彼はこの間に、ある島へ行き、敵のアジトを突き止めたという。しかし、その島で手に入れたある物が原因で、深山木は殺されてしまう。真昼の鎌倉の浜辺で、子供たちに囲まれ遊んでいる最中の出来事である。そして大勢の海水浴客のなかに、箕浦は諸戸の姿を認める。)

犯行の予告時刻。何もなかったという安堵から一転、微動だにしない深山木に気付き、胸に刺さる短刀を見つけ、驚愕と絶望の表情。「私はもう、いっそ死んでしまいたい」深山木の死の責任は自分にあると自身を責める箕浦の切ない叫び。

(生前深山木が探偵事務所へ宛てて送った品物を確認すると、それは乃木大将の石膏像だった。小林少年との会話の中で、諸戸への疑念を募らせた箕浦は、少年の言いつけを破り諸戸の屋敷を訪ねる決意をする。)


3章 諸戸道雄

(諸戸の屋敷で、初代の家の隣の古道具屋に並んでいた花瓶を見つけ、初代と深山木を殺害したのは諸戸だと確信する箕浦。)

激情していく声色。怒りに震えながら叫んでいる身体は、諸戸でなくても抱きしめずにはいられないほど、可哀想だった。繰り返し叫ぶ「殺してしまいたい!」が切なく響いていた。

(諸戸は食堂に呼び寄せていた曲馬団の友之助と箕浦を会わせる。箕浦と諸戸は、帰ろうとする友之助を好物のチョコレートで引き留め、花瓶へ入って見せるよう仕向ける。褒美として与えられたチョコレートを貪る友之助に、初代と深山木、二人を殺したことを認めさせる。はっとして、「お父っつぁん」にしかられると怯える友之助に、それが誰なのかと詰め寄っていると銃声が響く。窓の向こうから発砲した不気味な老人をみて、諸戸は「親父だ」と呟いた。)

(探偵事務所にて、〈先生〉の指示で石膏像を割ると、中からは以前箕浦が深山木に預けた初代の家系図と、箕浦が初代の小さい頃の話しを聞いて描いたスケッチ、そして古いノートが出てきた。)


4章 奇妙な日記

(ノートに書かれていたものは、周囲のひとから〈秀ちゃん〉と呼ばれている、17歳の娘の日記だった。)

演者全員が交代で読み上げる演出。初めは何者であるか分からない秀ちゃんが、日記の内容が進むにつれ、少しずつどんな人物か浮かび上がってくる。

(ノートは、深山木が島を旅したときに、秀ちゃんから彼に託された物であると判明。そこに書かれていた風景が、初代の幼い頃の記憶の風景と一致する。そして、日記には〈お父っつぁん〉も登場する。諸戸は、自分の出自について語り始める。)

諸戸の父親こそが初代と深山木の敵と知り、諸戸とともに〈鬼〉へ対峙することを決意する潔さの籠められたセリフ。


5章 孤島の鬼

(諸戸と箕浦は、岩屋島へ上陸すると、諸戸屋敷を訪ねる。諸戸の父、丈五郎は二人を屋敷へ宿泊させる。翌日、箕浦は屋敷の裏の土蔵の窓に、2つの顔が並んでいるのを見る。)

秀ちゃんを一目見たときから惹かれている箕浦の描写と、山口さんの初心な演技が相まって、一気に青春らしい雰囲気。

(島の船着場へ出掛けた箕浦は、最近まで屋敷へ奉公していた徳さんと出会う。)

(その翌日。土蔵へ出掛けた箕浦が窓辺で見たのは、秀ちゃんではなく諸戸の姿だった。)

丈五郎の罠にはまり閉じ込められた諸戸と、何より秀ちゃんを救わなければという気概が溢れている。丈五郎が船を転覆させる緊迫したシーンでの強張った声が冒険物語を際立たせる。多くの殺人を犯す丈五郎に復讐を誓う真剣な眼差し。

(諸戸の知恵を借りて、暗号に示された場所を探し回る箕浦。)

謎が解き明かされるにつれ溌溂としていく様が純粋な少年のようで可愛らしい。得意げな表情が嬉しそう。

(屋敷の下男たちの留守をついて、諸戸は丈五郎を土蔵へおびき寄せて閉じ込めることに成功する。解放された片輪の一団のなかに、秀ちゃん吉ちゃんの双生児もいる。)


6章 六道の辻

(暗号の示す場所には古井戸があり、降りていくとそこには横穴が続いている。箕浦と諸戸は、入り口の岩にロープを結び中へ入っていく。)

(かなりの距離を進んだところで、箕浦はロープが外れていることに気づく。そのとき、石が崩れ、二人は抱き合ったまま転がる。)

(見失ったロープを、蝋燭のあかりを頼りに見つけるが、手繰り寄せたロープの先は何者かに刃物で切断されていた。絶望のなか、二人は洞窟のなかを歩き続ける。)

(大きな岩に突き当たり、疲れ果てた二人は、ついに腰をおろしてしまう。)

煙草に火をつける諸戸。小指を咥える仕草。ひとくち吸わせてもらう箕浦は、描写こそないけど諸戸の手に持ったままの煙草に口を寄せたんだろうな…一本の煙草を分け合うの…良い…

(投捨てた煙草が音を立てて消える。水が上がってきたことに慌てる二人。)

死から逃れられないという諦めのなかに、疲れ果てて眠りに落ちていくのが、夢見るようにうっとりした表情にみえた。まるで何も知らない小さな子どものようだった。諸戸に抱き締められて力尽きようとしてるのが、儚い。諸戸はどんな気持ちで腕の中に愛しい男を抱いていたのかと思うと切ない。

(地面に横たわり目覚める箕浦。闇の中で、箕浦を抱きしめたまま、髪を撫でながら、諸戸屋敷の歴史について語り出す諸戸。かつての樋口家が、丈五郎により乗っ取られた経緯が明かされる。)

(若き日の丈五郎は、兄嫁・梅野に愛を伝えるが、梅野は片輪者の丈五郎の愛を受け入れられず本土へと逃れる。梅野の娘・春代は初代と秀代のふたりの娘を生む。秀代はまだ赤子だった時分に、丈五郎に連れ去られてしまう。)

(丈五郎は、美しい兄嫁にふられた事を恨み、島を片輪者だけにしようという野望を抱く。しかし片輪の丈五郎と妻の間に生まれた道雄は、普通の人間だった。道雄が美しく成長するにつれ、丈五郎は不具者を人工的に造り出すことを始めた。)

悪魔の息子であると告白する道雄。その腕の中で、彼に同情しながらも、秀ちゃんのことを真っ先に尋ねる箕浦の無邪気さが辛い。

(諸戸は、この地下の誰もいないところで、箕浦と二人きりになったこの世界で、時分の愛を受け入れてほしいと箕浦に伝える。)

蛇に喩えられる諸戸からの愛撫が箕浦の口から説明されるのが艶めかしい。喘ぎ声のト書きはないのに、語り手として、近づいてくる諸戸を描写する山口さんの切羽詰まっていく声に色気がありすぎて、想像が容易かった。

(松明をもった小林少年がやってくる。諸戸は箕浦の口を塞ぐ。)

箕浦の台詞はないが、自分の手で口を塞ぎ藻掻く山口さんの苦しがる演技から、小林少年へ向けた発声への流れが緊張感があった。

(小林少年と、徳さんに変装していた明智小五郎の背後から、丈五郎もやってくる。丈五郎はピストルを構えている。明智小五郎は変装を解くと、丈五郎に拳銃を向ける。)

(明智は、諸戸道雄が丈五郎の本当の息子ではないことを伝える。友之助を撃った男こそが丈五郎の本当の息子で、初代と深山木の殺害を仕向けたのもその息子だった。) 

(本当の両親が丈五郎と別にいると知った道雄は、それを探すことを誓う。箕浦は、初代の妹、秀代こそが〈秀ちゃん〉だと知らされる。)

(丈五郎は、洞穴の中で全員がバラバラになれと、爆薬の導火線に火をつける。丈五郎を止めようとする明智は拳銃を構えるが、丈五郎のピストルのほうが早く明智は銃を落としてしまう。すかさず道雄がそれを拾い、丈五郎へ向けて発砲した。)

銃声からの爆発。その瞬間、ひとりだけ頭を下げている箕浦。

(崩れた岩の向こうの小部屋には、一面に敷き詰められた黄金があった。)

(洞穴を抜け出した一同。諸戸と箕浦は、明智と小林少年に、頭髪が真っ白になっていると伝えられる。)

原作では、汚れて老人のような見た目になってしまった諸戸が、箕浦に対して「君の頭は真白だよ」と泣いているように笑う場面。ひとの頭髪を数日の内に白髪にしてしまうほどの精神的苦痛を箕浦に強いてしまったことを悔いる諸戸が描かれなかったのは残念。


エピローグ

(登場人物たちのその後が語られる。秀ちゃんは諸戸の手術により吉ちゃんと切り離され、別々の人間となった。)

「云い残した事はあるかい?」と秀代を振り返る表情が、穏やかで、声が優しくて、現在のふたりが幸せであることを物語っているようだった。

(秀代の口から、夫婦が障害者の集うための家を建てることが語られる。)諸戸へ視線を送る箕浦。

(諸戸の口から、彼が新潟で暮らす本当の両親のもとを訪ねたことが語られる。語り終わると背を向ける諸戸。)

(秀代が続きを語る。夫婦が建てる施設の病院の院長を頼もうとして待っていたが、諸戸は新潟の地で、スペイン風邪で死んでしまった。)

(明智が続きを語る。諸戸の父親からの知らせには、道雄は最後の息を引き取るその瞬間まで、箕浦の写真を胸に抱き、名前を呼び続けていたと記されていた。)

報われない恋を抱えたまま、最期のときまで箕浦を想い続けた諸戸の顔はもう見えない。この、父からの訃報の部分を、神尾さんが声は出さず一緒に読んでいたというのを後で知った。叶わぬ想いを最後の瞬間まで背中で演じてるの格好良すぎて泣いてしまった。原作ではこの訃報の文章が小説の最後になる。 

(箕浦は、夢の中で、土蔵の高い窓から見下ろす2つの顔を見上げる。ひとつは「私」の、もうひとつは諸戸道雄の顔。諸戸は見下ろす箕浦に、「友よ」と囁く。)

舞台の上、ただ一人最後まで正面を向く箕浦。その表情は晴れやかで、壮絶な体験をしてもなおこれからを生きていこうとする箕浦の姿勢がみえる。



(全体を通して)

原作でも、あまりにも報われない諸戸の最期が、箕浦の「友」にしかなり得なかった諸戸が可哀想で仕方なかった。箕浦にとっては、「友」として頼りにしていた、一緒に冒険をした仲間であった諸戸。その諸戸から迫られたことは、箕浦が白髪になった原因の一端であったはずで、それを悔いながらそれでも死の間際まで箕浦を想うことをやめられない諸戸の描写は、原作のままが伝わりやすかった。

朗読劇に仕立てるにあたり、語り手である箕浦の夢の描写で始まり、ラストにも同じ夢の描写をもってくることで調和はとれている。ラストの夢で見る登場人物を変えることで、物語の締め括りとしても、諸戸と箕浦の交わらない想いの描き方としても成功していたように思う。

いっぺんに喋るセリフのなかで、回想のなかの登場人物として発する言葉と、語り手としての言葉がこんなに交錯している朗読劇は初めて観た。箕浦役の演者に高い技術が求められる作品だと思った。山口さんの声の変化が絶妙で、セリフ部分と語りの部分わかりやすくてとても聞き心地が良かった。

山口さんの演じる箕浦は、純真無垢な感じが際立っていたように思う。原作だと、諸戸の好意につけこむ所がもっと強い印象だった。苦境に立たされたとき、抗おうとして藻掻く様とそのあとの諦め方が儚げなのがとても山口さんらしかった。

主役と語りを一人でこなし、あれだけのボリュームの台詞を読み上げた山口さんの集中力に感服。とても素敵な作品だったので、一度きりしか観劇できなかったのが悔しい。別日も気になるキャストさんがいたから観たかった。朗読劇みて気になった人はぜひ原作も読んでほしい!


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