『原則逆送の呪縛』
■ 河原での決闘
少年は、母子家庭で育ち、下にまだ小さな妹弟が3人いた。中学生のころから、家事を手伝い妹弟の面倒を見ていた。けっして楽ではない生活のなかでも、真面目に勉強し、高校へ進んだ。そんな家族思いの少年が高校へ入学したとき、母親にひとつだけわがままを言った。
「どうしてもボクシングをやりたいんでジムに通っていいかな。もちろん、月謝は自分で稼ぐから。」
少年がボクシングをやり出したことは、友だちの間でもすぐに話題になった。 ある日の昼休み。友だちがこう言った。「お前、ボクシングを習っているんだったら、あいつにも勝てるんじゃない?」あいつとは中学時代の同級生で、番長格の少年だ。
「ああ、楽勝だよ。」
少年は、友だち同士とうこともあって、気軽にそのように答えたつもりだったが、周囲にいたものから、その発言が漏れて、回り回って、番長の知るところになった。
少年に呼び出しがかかるようになり、少年と仲の良い友だちの携帯電話にもひっきりなしに、少年への呼び出しの連絡が来るようになった。
このまま逃げることはできない、と思った少年は、呼びだされた河原に向かった。相手方の仲間は、20人ほど。少年の友だちは5人。圧倒的なアウェイ感のなかで、少年は、番長格の少年と、決闘をすることになった。
番長格の少年が襲いかかってくる刹那、最初に繰り出した一発の拳が顎に命中した。そのまま、倒れた番長格の少年は、その場にあった大きな岩に後頭部をぶつけて、そのまま息を引き取った・・
■ 真面目すぎる少年
最初から「良い子」な少年は、要注意だ。大人からみた「良い子」を演じている可能性があるからだ。しかし、この少年は違うタイプのようだ。
自分のやったことの重大さも十分に理解したうえで、亡くなった相手やその親の気持ちも考えていたし、残された妹弟の心配までしていた。
むしろ、それまでの生活だけを聞いても、病気がちの母親と妹弟のために頑張りすぎてきたのではないか、と思えるほどだった。
僕は、この少年から要保護性を感じ取ることはできなかった。もし、この少年が少年院に入ったとしても、なにを矯正したらいいのだろうか。
■ 原則逆送の呪縛
こんな子が逆送されて、公開の法廷で大人と同じように裁かれていいはずがない。まずは、逆送を防ぐために調査官と面談した。
今回の事故がいかに偶発的なものであるか、少年自身に要保護性がまったくないことを調査官に説明した。調査官は、一応、聞いているそぶりはするものの話を遮るように「でも、原則逆送ですからね。」と何度か繰り返した。
原則逆送とはいうものの「調査の結果、犯行の動機及び態様、犯行後の情況、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときを除き」と規定されており、例外的に逆送しないことはできる。しかし、原則を打ち破り、例外を認めるという作業は大変なものであり、原則通りの結論を出す方がはるかに楽であり、世間から批判されることも少ない。そんな裁判所の本音を見る思いがした。
審判でも裁判官が「相手がどうなってもいいと思って、殴ったんじゃないの、」などと酷い質問をするものだから、かなり裁判所とも揉めた。揉めざるを得なかった。
■ 少年院送致
結局、逆送されることはなく、少年院送致も短期となり、原則逆送事件としては、かなり抑えられた処分となった。
少年院送致の結論を言い渡された際も、少年は一切動揺はしなかった。むしろ、肩を落とし、泣き崩れる母を支えるようにして、「大丈夫だから。」と母親を慰める少年を見て、目頭が熱くなるとともに、「この少年は、少年院でなにを矯正すればいいのだろう?」という疑問が改めてわき上がった。