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黄昏鰤 第52話

93日目 「激闘!黒獅子は黒猫に非ず」

 気配の死んだアーケード街を通り抜けていると、ふと影が差した。

「オ前……」

 声の方向を見上げるとアーケードの屋根に黒い肉球がふたつ。と思ったら、屋根をぶち抜いて何者かが落ちてきた。

「オ前強イカ?」

 二足歩行する黒い獅子が、紅い目を細めて嗤っている。

「……いや、そんなに」強くない、と言おうとして咆哮に遮られる。天に向かって雄々しく吼えたあと、黒い獅子は高笑いした。

「見レバ解ル、強イ奴ダ! サア! 楽シマセロ!」予備動作なく飛びかかってきた。腕……は間に合わないだろう、おれは避ける動きと絡めて竜尾を振った。
 尾は空を切った。
 あれ? 見回しても黒獅子はいない。どこだ。わからない、わからなかったが何かの勘で咄嗟に首を防御したら、鋭い爪が腕を切り裂いた。「うわ」横っ跳びに逃げる。おれがいたところの地面には、空中から連撃を加えた黒獅子が爪で穴を開けていた。
 獅子はぴょんぴょんと左右に跳ねる。見た目よりずっと身軽だ。殴っても当たるだろうか。集中しなければ。本気でぶち殺さねば。黒獅子はおれを見つめて飛びかかる隙を狙っている。おれも見つめ返す。黒獅子の尾がゆらゆらと揺れている。おれの尾も知らず揺れていた。
 穴を開けられたアーケード屋根の破片のひとつが、風に吹かれたのか、かろうじてしがみついていた仲間たちから離れて地面に落ちた。微かな音だった。
 黒獅子はそれを合図に突進した。右腕を大きく振りかぶっている。あれは囮だ。慌てて躱せば、待ち構えていた左に喉を抉られる。おれは鬼から奪った黒い右手で獅子の右手を小さく弾いて逸らし、素早く左手に肘打ちを叩き込んで骨を折った。黒獅子は動揺もなく、歯を剥き出して食らいつこうと向かってくる。飛び退ろうとしては駄目だ。片足は既に踏みつけられている。だから地を蹴っておれも前に出た。
 黒獅子の鼻面におれの頭突きがぶち当たり、両者とも仰け反った。獅子は折れた左手でおれの胸倉を掴んで引き寄せる。また頭が衝突する。揺れる視界と意識の中、獅子が大口を開けたのが見えた。そしてまた胸倉を引き寄せられる。おれはゆっくり見ていた。首の動き、牙の狙う先、紅い目。

「がふっ」

 黒い獅子は一度だけ呻いて、死んだ。開けた口におれの角がどっすり突き刺さって脳に至っている。だらりと力を失った体から角を抜いて、おれは座り込んだ。

「…………はあ」まんまるに開いていた瞳孔がきゅうと戻るのを感じる。はあ。「強かったなあ」

 死んだ獅子の横に座り、ひたすらその肉球を揉むおれを、アーケード屋根の穴から黄昏の空がずっと見ていた。


【魂18/力13/探索2】『猫目、角、火玉、竜尾、鬼腕』『名前前半喪失』

(つづく)

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