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黄昏鰤 第39話

76日目 「再々面接!わたしはげんき」

 窓から西日が差し込んでいる。どこかの家の中のようだ。机には埃の積もった食器が3人分並んでいて、コンロには空の鍋が置いてある。椅子の一つには桃色のエプロンが掛かっている。でも、誰もいない。そして、壁にも家具にも飛び散らず、床にだけ鮮やかな血が広がっていた。おれはその血溜まりに立ち尽くしている。
 部屋に満ちる静寂の隣から、エンジン音と擦りちぎれる自分の音、そしてあの笑い声が聞こえてくる気がして、思わず耳に指を突っ込んでこすった。嫌な目に遭った。真面目に殺してくるやつも、笑って殺してくるやつも、どっちも苦手だ。
 床の血溜まりに丸い皿が沈んでいた。魚の模様が書いてある。これは猫の餌入れだ。猫が、いたのか。そうだ、今日も黒猫を探そう。部屋の扉を開けて廊下に出る。べた、べた、と赤い足跡がフローリングに残る。そういえば土足で上がってしまったようだ。少し申し訳なくなった。

 民家を出ると、すぐ前の道に見知った蝸牛がいた。今出た家と同じくらいの大きさの、紅白縞模様の蝸牛だ。そして、頭の触角が3本ある。

「こんにちは」おれは声を掛けた。

「こんにちは。君の目はいくつ?」

「ふたつ」

「ふたつかあ」このやりとりも3度目だ。

「三ツ目のおじさんには会えた?」おれは尋ねた。

「会ってない」蝸牛は角を縮こませる。「やっぱり、仲間はいないのかなあ」

「いるよ、町が広いから、なかなか会えないだけだよ」

「どうしたら会える?」

「ずっと歩けば、きっと」きっと会える。「そうだね」蝸牛は頷いた。

 巨体が道を塞いでいたので、蝸牛が通り過ぎるのを待ってから、彼と逆方向へ歩き出した。

「見つかるといいね」振り返って声をかける。
 彼は振り返れないようだったが、「ありがとう」と声が聞こえた。願って歩こう、願いのために歩こう。いや、歩くために願っているのだったか。
 蝸牛が通った跡はてらりと粘液が残っていて、一度足を取られて転んだ。立ち上がって、おれは歩いた。


77日目 「圧勝!花に嵐の喩えもあるさ」

 遊歩道の花壇に腰掛けて休んでいると、背後から足音がした。ふしゅるふしゅる、と奇妙な息遣いも聞こえる。
 振り返ると、暗褐色の毛皮に覆われた、人型の怪物がいた。細い背丈は異様に高く、遊歩道の木の枝に頭を突っ込んでいる。口が首の断面のように赤く開いている。ふしゅる。
 鉤爪の生えた長い腕を振るってきたので、避けて、腕を右手で掴んで、思いっきり引く。意外と軽かったので、そのまま怪物の体を振り回して、近くの樹へ背中から叩きつけた。幹がへし折れたので、力をゆるめずに、そのまま2本目に打ち付けた。また折れた。細い樹だったしな。
 勢いをつけたまま振り回し、掴んでいた手を離すと、怪物は吹っ飛んで、別の樹にぶつかって止まった。べきべきめしめしと轟音が聞こえる。怪物のほうではない、おれのすぐ隣だ。少し体をずらして、倒れてきた樹をよけた。
 怪物は全く動かない、死んだようだ。花壇の花がぐちゃぐちゃに潰されてしまった。潰したのはおれだ。なんだかひどく胸が痛んだ。


【魂11/力12/探索3】『獣耳、角、火玉、竜尾、鬼腕』

(つづく)


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