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黄昏鰤 第60話

106日目 「再入学!煉獄戦士ドラゴンスレイヤーCOSMOS」

 調子の狂ったチャイム音が響き、おれは渋面して目を開けた。西日が眩しい。
 体を起こすと、埃っぽい階段の踊り場に寝っ転がっていることに気が付く。周りには誰もいない。チャイム音が鳴り終わると、あの連中の絶え間ない呪詛も、もう聞こえないことに気がついた。体も五体満足だ。どこも痛くない。心の底からほっとした。
 まあ、終わったことは、いい。人間たちへの思いは恨みというより完全な諦め、放棄だった。もうあんな奴らに情けなど掛けることもない。無事に戻った右腕を何度か握り、同じく健在の竜の尾をぶんと振って、立ち上がる。ところで、チャイムが鳴ってたし、ここは学校か。
 階下を見ると、ちょうど見知った巨大な影が横切るところだった。

 影を追いかけて、廊下へ出る。時間はそれほどなかったはずなのに、そこには誰もいなかった。首を傾げながらそのまま進む。途中、別の校舎へ続く渡り廊下へ道が分かれていた。
 こっちだろうか?と、足を踏み出した途端、視界がぶっ壊れた。
 巨大な竜の口が建物ごとおれに喰らいつき、浚っていったらしい。牙に右腕を深く噛み付かれて引きずり出される。体が宙に舞う。おれを咥えたまま竜が飛んでいる。眼下に空、上に校舎、なにがなにやらわからないうちに、瓦礫とおれを空中に残して、竜が消えた。フッと、影のように。
 目まぐるしい展開と速度と高度にくらくらしながらも、なんとか体をひねって、右腕を下にして受身を取る。べしゃんと落ちたのは屋上だった。
 右腕の噛み傷に痛みはほとんどなかったが、力があまり入らなかった。降ってきた大きな瓦礫を尻尾で乱雑に払い、消えた竜を周囲に探す。ちらっと見えた限り、前までにいたやつと違う竜に思える。急に消えたりしなかったはずだし、なにより、見間違えでなければ……体表が真っ黒だった。
 そのとき、屋上に散った瓦礫を踏みしめて、突然また竜が現れた。何もないところから急に、である。やはり体が黒い。しかも目が金色だ。何の冗談だ?
 左目がざわざわ疼いた。竜が巨大なへを薙ぐように振るってきて、すんでのことろで躱す。瓦礫が再び宙に舞う。おれは攻撃の後の隙が消えないうちに竜の懐へ駆け寄った。
 爪が襲いかかってくるが、なんだか遅く見える。しゃがんで躱せる。目の前に瓦礫が浮いていたが、これも横に躱す。竜の喉が見える。角を抉り入れようと狙いを定めたとき、また竜の姿が掻き消えた。勢い余ってつんのめる。地面に激突しないよう前転したら、途中で背後の竜が見えた。
 また巨大な尾が向かってくる。それもやはり、奇妙にゆっくりに見えた。避けるには時間が足りなかったので、おれはすばやく体をひねって、大きめの瓦礫のひとつを尾で叩き飛ばした。瓦礫は竜の目に突き刺さった。勢いの弱まった奴の尾はおれの直前で空中に逸れた。
 隙だらけになった竜の喉に今度こそ角を突き刺して、念入りに何回か抉って、おれは息をついた。
 左目の瞳孔がきゅ、と細まる。黒い竜から血は出なかった。代わりになにやら金色の靄がほんのわずか漏れた。顔を覗き込むと、瞳はもう輝く金色ではなく、暗い灰色になっていた。

 屋上から出る扉には鍵がかかっていたが、右腕がしばらく待つと回復したので、ねじり壊して通った。階段をてくてく降りて、昇降口を出て、校門をくぐる。
 黒い体、金の目、この竜といい病院の怪物といい、なぜそんな姿で現れるのか。おれが探しているのは猫だ。黒い体に金の目の猫だ。
 どこにいるのだろう。おれはまた町へ歩き出した。


【魂13/力13/探索2】
『猫目、角、火玉、竜尾、鬼腕』『名前前半喪失』『感情:楽喪失』

(つづく)

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