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黄昏鰤 第59話

104日目 「不気味!水鏡の向こうの黄昏町」

 遠くから複数人が走る音が聞こえる。それと方向を合わせないように路地を進んでいくと、道は途切れて行き止まりに当たってしまった。
 家々の間に意図せずできてしまったかのようなその隙間には、低い柵で囲われた四角い溜め池が押し黙って沈んでいた。傾いた電信柱の頭の部分だけが水面から数本出ており、池の深さを暗喩していた。底を覗き込んでみると遥か遠くにビニールに包まれた封筒が見える。
 あの封筒、ここにも沈めてあるのか。意味があるものなのか。ひょっとして、池の何かを鎮めるために必要な御札だったりして?

 そんな想像をしていたら、水面がゆらりと揺れた。池の水は上から下まで澄んでいる。
 だが、何かいる。
 右目の火玉がぱちりと爆ぜる。左目の猫目がきゅいっと開く。水に溶ける気配は、おれが気付いたことに気付いたようだ。水面に映るのは、空と、町と、おれ。
 空が赤くなる。町が暗くなる。水鏡のおれが、不意に笑んだ。
 は? 何がそんなに楽しいんだ。ふざけるな。左目の瞳孔が震える。

「いたぞ」「こっちだ!」

 突然背後から声がした。咄嗟に顔を上げて、意識を戻す。
 そういえばここは行き止まりで、おれは追ってくる連中から逃げているところで。どうしよう。まだ人数が少ないうちに殴り殺して逃げる……できるだろうか?
 おれは池から走り去った。水面がまた、風もないのに、せせら笑うように揺れた。


105日目 「嗚呼!描写さえためらわれる惨状」

 結果から言うと、逃亡は叶わなかった。
 人間の数は多く、武装の質も高く、殺意の色も濃かった。おれの抵抗で何人かは死んだだろうが、それはより悪い結果を招いただけだったのだろう。生き残った人間たちは、捕らえたおれをどうするか、剣呑な話し合いをしている。既にまた目を潰されて、手足と尻尾も腱を断たれて、寝転ぶしかないおれは麻痺した頭でぼんやりとそれを聞いていた。これ以上まだなにかされるのか。
 いつ死ねる? 自分で舌を噛めば死ねるというのは知識で知っているが、実行する気力は無かった。話し合いがしばらくして終わり、人間たちはおれになにやらわめいた。意味のわかる単語は聞こえなかった。

 それから何日か、色々されたあと、疲れ果ててようやく死んだ。


【魂13/力13/探索2】
『猫目、角、火玉、竜尾、鬼腕』『名前前半喪失』『感情:楽喪失』

(つづく)

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