黄昏鰤 第8話
12日目 「残虐!第3の異形と囲んで棒で叩く住人」
流れる水の音で目が覚めた。前にもこんなことがあったな。おれは川べりに転がっていて、腿から下は水に浸かっていて、木材の塊に上半身を預けている。今度の木材は、机ではなくて箪笥の成れの果てらしい。それに掴まって、川から這いずり出た。ズボンがびしょびしょだ。
焼き殺されたときの炎が目に焼き付いて離れない。うう、と呻きながら右目をむちゃくちゃにこすった。右目が無い。
「ンン?」
よくさわって確かめると、右目があったところにはぽっかりと穴があいているらしい。そこから火がこぼれて、おれのまわりを螺旋に舞った。
いやいやいや、「目に焼き付いて離れない」? 駄洒落だ、うーん、くだらない。口からは失笑がこぼれた。とにかく、あれほど恐ろしかった炎だが、おれの一部となってしまったようだ。右目のそれに触れても、熱は感じるが火傷はしない。火花がまたぱらぱらと舞った。
「化け物」と嘲る少年の声がした。頭の中で、だ。人間離れしていく自覚はあったが、そうか、化け物か。人間から見れば立派な化け物か。右目のうろから火が散る。飛び回る。左目からは、何も、出なかった。おれはまた町を歩き出した。濡れたズボンは重い。
◇
瓦礫をまたいで越えながら、細い路地裏を進む。右目がなくなってしまったが、以前よりも心なしか暗いところがよく見えるようになった。さらに、町中にちらちらと何かが見えるようになった。火のような。温度のような。壁越しでも、なにか燃えているのが見える。
その大きな火がゆっくりと曲がり角へ進んでくるのを見て、急いで身を隠した。何が通ったのかはわからないが、そいつはおれには気付かず去っていった。ふーっと長く息を吐く。早く休めるところを探したい。
「もう行ったか……」
「大丈夫だ」
別の路地で話す声が聞こえた。人間がいるらしい。話しかけに行こうかと思って、すぐやめた。おれは人間じゃないんだった。しかし彼らのほうから、おれの隠れる路地へやってきたのだ。進行方向にたまたまおれがいたらしい。
「誰かいるのかい」
一人と目が合ってしまった。物陰にうずくまったおれに話しかけてくる。
「あの化け物から逃げていたのか」
「俺たちと来い、隠れ家があるんだ」
「いや、おれは」
「なに、遠慮することは無いから」
突然に、曲がり角の向こうから咆哮が聞こえた。
「まずい、逃げろ、君も早く」
おれは半ば無理矢理引っ立てられ、彼らの後を追って走った。着いた先は、民家のガレージだった。
「怖かったろう、ここなら安全だ」
最初に目のあった男が安心させるように話しかけてくる。ガレージのシャッターは下りているが、それを越して中の小さな火が何十と見える。人がいるのだろう。怪物から隠れて、集まって暮らしているのだろうか。とてもあたたかなものに見えた。
シャッターがほんのわずかに上がって、中年の女性がひとり中から出てきた。手には防衛のためだろう、金属のパイプを持っている。一行がガレージに近寄る。女性は素早く男たちの顔を確かめ、その後ろにいたおれと目が合うと、駆け寄ってパイプを脳天に振り下ろした。
視界がめちゃくちゃに揺れた。座り込む。
「お前たち何を連れて来た!?どう見ても化け物だろう!武器を持て!」
「なんだと」
「本当だ」
「騙しやがったんだ!」
騙されたのはこちらのほうだ。住人たちはおれを蹴り飛ばし、踏みつけ、思い思いの武器でめった打ちにした。
やはりおれはもう化け物なのだ。おれは一辺の未練もなく認めざるをえなかった。釘の生えた角材で顔を打たれたのが、一番痛かった。
【魂10/力4/探索3】『獣耳、角、火玉、棘』
(つづく)
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