黄昏鰤 第51話
92日目 「返礼!猫目の少女はまた笑う」
「……あれ? お兄さん」
住宅街を歩いていると、頭上から声がした。
その方向を見れば覚えのある少女がいる。つい先日会ったあの猫目の子だ。おれは声を掛けた。
「こんにちは」
「こんにちは。ああ、猫目、伝染ったんだね」少女は顔の傷を歪めて微笑んだ。優しく、自然な笑みだった。
少女がいるのは民家のベランダだ。「お兄さんも来る?」と言って部屋の方を指差す。「空家だよ」
おれは玄関からお邪魔して、家具の一切無いその家に土足で上がり込んだ。少女は階段の途中まで迎えに来てくれた。彼女も土足だ。
「こないだはごめんね」と彼女は少し頭を下げた。「ごめんね。それで時間がないからまとめるけどね、ころしてくれない?」
突飛な要求にさすがに困惑した。
「なんで?」
「ころしちゃったの悪かったから。そんだけ。お互い様にしたいんだ、お兄さんには」
お互い様か。あれはおれが望んでしたことだ。そして今は少女が望んでいる。
「別にいいよ」おれは答えた。
「ありがとう。ごめんね」彼女はあの諦めたような笑みを再び浮かべた。
猫の目は金色の輝きを映している。黄昏色の空の色だ。彼女が見ているのはおれの目だ。この金色は彼女の目の色なのか、映ったおれの目の色なのか? 黒い針のような彼女の瞳孔は動かない。しかしそこに映るおれの瞳が、きゅわ、と形を変えるのが見えたような、光彩の感触でそれを知ったような、まっくろの月に波を浴びせられたような
……気が付くと彼女は床に斃れていた。胸に大穴が開いていて、そしておれの角には血がべったり付いている。民家の廊下にゆっくりと血が広がる。彼女の顔は安らかだった。おれは家を出た。空は今日も変わらぬ金色だった。
【魂17/力13/探索2】『猫目、角、火玉、竜尾、鬼腕』『名前前半喪失』
(つづく)
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