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黄昏鰤 第55話

98日目 「冷凍!かじかむ記憶」

 今日も今日とて歩き回っていたら、槍のようなもので武装した人間たちに奇襲され、抵抗したものの目を刺し貫かれてとっつかまった。肩や踵もざくざく斬られて動けなくなる。手際にいっそ感心したほどだ。なんにせよ目が見えないと猫も探せないので、早く殺してくれと祈った。
 なにやら引きずられて、水の中に落とされる。溺死寸前のところで引き上げられた。

「水死しない奴もいるからな」「はい」「わかりました」

 そしてまた引きずられて、冷たい床に投げ飛ばされたかと思うと、ばたんと重たい音がした。異様に寒い。ぐんぐんという機械の唸り声がする。
 前に一度同じ目に遭ったことがあるので、すぐにわかった。冷凍庫だ。
 体はどんどん動かせなくなるし、意識もすぐに遠のいた。人間に見つかると、ろくなことがない。はあ、とついた溜め息は白く凍ったのだろうか。潰された左目は闇しか見えない。右目の火玉は孤独しか見えない。

 はて、と首をわずかに傾げる。
 以前、ここに閉じ込められたときは……誰か、いた、気がする。誰だったっけ? こんなところに人がいるか? あれ?
 朦朧とした意識では思考はまとまらなかった。吐息が凍り、肌が凍り、最後に火玉が寂しく消えた。


99日目 「再々々登校!学校といえば怪異」

 濁ったチャイム音が鳴り響き、おれは抱え込んでいる膝から顔を上げた。
 黄昏色の空があまりに広くて、眩しい。4階建ての校舎が眼前に聳える。3階の窓の中を、ゆっくりと黒い影が横切っていくのが見えて、顔をしかめた。うねる尻尾を持つ竜だ。またここに来てしまったのか。
 とりあえず、広い校庭の真ん中で一人膝を抱えて座っている状況はあまりにも滑稽だったので、おれは立ち上がって校舎へ向かった。

 校門を軽く探してみたのだが、どうにも見当たらなかった。薄々見当は付いているのだ。ここから出るには、あの竜をなんとかしなくてはならないのだろう。おれは先ほど影が見えた校舎の3階へ、竜を探しに行った。いつも急に襲われるのだ、たまにはこっちから出向いてもいいだろう。
 校舎の両端にある階段のうち、南側を上がって3階の廊下へ。そっと顔を出して様子を伺うと、竜がうずくまっている後ろ姿が見えた。熱心に何かを食べているようだ。隙だらけだが、尻尾がせわしなく揺れていて、近寄りがたい。悩みながら見張っていると、後ろから物音がした。
 ぼたっ、ぼたっと何かの垂れる音。上から聞こえる。振り返ると、4階へ続く階段から赤紫の液体が大量に流れてきていた。

「ッうわ」思わず声を上げてしまった。竜の咀嚼音が止まる。まずい。
 幸い竜がすぐに振り返れるほど廊下は広くなく、咄嗟におれはすぐそばにあった、3階廊下突き当たりの部屋へ隠れた。

 閉めたドアのそばで息を殺す。廊下からは咀嚼音が再び聞こえた。もう気は逸れたようだ。こっそりと息をつく。
 あたりを見回すと、机に流し台とガスバーナーが設えられ、壁際の棚に瓶が並べられているその部屋は、どうやら理科室であるらしい。前方にある骸骨の標本が、なんだか笑っているように見えて、おかしかった。
 理科室にあるのは骸骨だけだっけ? と、ほんのわずかに疑問に思って、部屋を見回そうとした。

「ひ」

 おれは凍りついた。目。目だ。目がおれを見ていた。
 棚と棚の間の紙のように狭い隙間から、ぬるりと光る目で誰かがおれを見ていた。自分の左目の瞳孔が、ぐわ、と丸くなるのを感じた。

 棚が倒れている。瓶が割れている。紙が散っている。目に入る情報が少しずつ理解できてゆく。理科室はめちゃくちゃになっていた。
 おれが今、やったのか? 瞳孔がゆっくり細まるのを感じる。自分が肩で息をしていることにもようやく気づいた。右手に何か持っているのにも気がついて確かめると、それは筋肉のつくりを体半分で示してくれる、よくある人体模型、の生首だった。
 手に持つそれを眺めてみる。人体模型の目はつくりものにしては濡れているようなつやがあって、先ほどおれを見つめていたあの目と同じだと感覚でわかった。とはいえ、動いたり、こっちを見たりはしない。なんだ、ただの模型と目が合ってこんなに動転してしまったのか、おれは。
 部屋の惨状を見て、無性に恥ずかしくなった。よく見れば模型の体が叩き壊されてそこらじゅうに散っている。ちょっと悪いことをした。
 全部片付けるのは難しいにしても、せめて棚は起こしたほうがいいだろうか。と考えて、気が付く。

 棚と棚の間に、あのほんのわずかな隙間に、この人体模型が入れるわけがないじゃないか?


【魂16/力13/探索2】
『猫目、角、火玉、竜尾、鬼腕』『名前前半喪失』『感情:楽喪失』

(つづく)

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