小説変態化光線を撃滅せよ!

 ウィーン、ウィーン。平成な警告音が書店内に鳴り響いた。
「探知システム反応、ゴールド。小説変態化光線、来ます!」「襲来予測地点は?」「〇〇市立図書館です」「よし、出撃だ」
 そう指示を出したのは、昨年、小説変態化光線に蹂躙された大型書店の店長だった。そう呼ばれる謎の光線を浴びた書籍は、その小説をもとに異形の姿に変容し、見るも無残で醜悪な姿に実体化する。彼の店の本は『ゲソ戦記』『炊いたんの幼女』『現場対戦』(あるいは『真現場対戦』『新現場対戦』)『バァさんがー 皆殺し軍団』などに変態化し悲惨な被害にあったのも、読者諸氏の記憶に新しいだろう。復讐に燃えた店長は、全国の書店員や図書館員に呼び掛け、秘密裡に小説変態化光線撃滅特務機関を結成したのだった。そして、今、ようやく反撃の時が巡ってきたのである。
 店長に率いられた隊員たちは、足早に大型トレーラーに乗り込み出発した。高速を猛スピードでかっ飛ばして目的の図書館へ向かう。
 図書館に到着すると、建物の上空に、地球と多数の巨大宇宙船と巨大な黒い瓶が浮かんでいた。既に光線の被害が出ているようだった。黒い瓶はゆっくりと回転し逆さまになったが、中身は一滴も零れてこなかった。空のようだった。
「店長、あれは」正確には司令や隊長かもしれないが、今でも店長と呼ばれていた。
「『地球養命酒の終わり』だ。ただし創元版だな。急ごう、もう被害が出ているぞ」
 一同はトレーラーから装置を降ろすと、図書館内に運び込んだ。そこでアームを上に延ばし装置を展開した。フロアの天井を覆うように装置が薄いパネル状になって広がる。板の表面は鏡状になっていたが、突如、金色に輝き始めた。
「よし、いいぞ。光線を反射し始めた。このまま順調にいってくれ」
 周囲に危険な光景が現出していた。床には剣先が埋め込まれ、横から毒矢が飛んできた。危うく躱すと、書棚の上から巨大な石が落下してきた。何やら無数の埃のようなものが舞っている。店長が虫眼鏡を取り出して覗き込んだ。小さくてわかりにくいが、微小なサイズの無数の死体が浮遊している。「店長、これは何ですか」
「『骸(むくろ)の決死圏』だ。反射装置の効果は確実に出ている。変態化の切れ味が明らかに落ちている。もう少しだ」
 反射装置の輝きが更に増した。周囲の光景が消え、今度は変わって、整列したスーツ姿の人間が出現し、向かいの人間から順に何やら紙のようなものを受け取っていた。受け取るや否や、その人間は遠くへ吹き飛んで行った。店長はしばし考え込んだ。
「これは『更迭都市』だろうな。このレベルの低さでは小説変態化光線も限界のようだ」
 反射装置は小説変態化光線を特殊な鏡で跳ね返して被害を食い止め、更に、その正体不明の根源に送り返そうというものであった
 店長が自信に満ちて言ったその時、どばーん、装置の鏡が爆発して飛び散った。金色の輝きも周囲に四散した。
「しまった。光線の強力な圧力に耐えきれなかったか」
 店長が悔しさに唇を噛んだ。しかし、周囲の変態化した光景は姿を消し、図書館は平穏な姿を取り戻していた。
「やったか。とにかく、光線は撃退したぞ」隊員たちは肩を叩いて喜びあった。

 休憩を取ってから、装置の破片を回収して一同は引き上げにかかった。その時、図書館員が駆けてきた。
「待ってください。これを見てください」
 彼女が手にしていたのは『吾輩は猫である』であった。ページを広げて文章を見せた。
〈吾輩は猫である。意識はまだ無い。猫だからである。ニャー〉
「なんだ、これは。文章が変わっているぞ」
「この『山月記』も見てください」
〈……一匹の猛虎が叢の中から躍り出た……『その声は、わが友、李徴子ではないか?』……咆哮の声がしたのみであった。友である筈がなかった。袁傪は虎に食われた〉
「そう言えば」と隊員の一人が言った。「さっき鏡が吹き飛んだ時、日本文学の棚に光が飛び散ったのが見えました」
「なるほど、そうか」と店長。「小説変態化光線は鏡のせいで反転され、これを浴びた小説は言わば逆に正常化してしまったのだ」「だとしたら、もともとが変態だった……」「しっ、それ以上、言うんじゃない」
 一同は散って本の点検を始めた。あちこちから「これもだ」「あれも」と声が上がった。
〈銀色の蜘蛛の糸が……するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。……早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。当然、重みで蜘蛛の糸などぷつりと音を立てて断れました〉『蜘蛛の糸』
〈「これから何でも云うことを聴くか」「聴かないよ」「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」「出さないよ」「わたしに好きな事をさせるか」「させないよ」……「人間扱いにしてほしくないのか」「言ってる意味がわからない」そして私はナオミとはきっぱり別れました〉『痴人の愛』「これを」更に隊員が本を片手に駆け寄ってきた。太宰治の本だった。
〈いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした〉
「ん? これはいいんじゃないのか」「よく見てください」隊員が掲げた本の題名は、『人間合格』。

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