脅威!小説変態化光線

 ビー、ビー、ビー。昭和な警告音が書店内に鳴り響いた。
「げっ! 早期警戒システムに反応あり。小説変態化光線警報です!」
「まさか、この三十年、何もなかったのに」
「間違いありません。まもなくこの書店に変態化光線が降り注いできます」
「気をつけろ。醜悪に変態した本の内容が出現してくるぞ。まずお客様を避難させるんだ」
 この事態に対処できるよう、毎年秘密訓練を受けてきた店長がてきぱきと指示を下していく。
 世界中の書店員や図書館員だけに秘密裡に知らされている恐るべき脅威。それが、小説変態化光線の存在である。光線と呼ばれているが、わかっているのは地球外から放射されているらしいというだけで、その正体は未知の光線状の宇宙生物とも特異な量子空間自体とも言われ、事実関係は不明である。
 書店員はお客様を避難させた後、カウンターの中に集合した。

「あっ、あっちに巨大なイカが!」
 突然、空中に数メートルもある巨大なイカが2頭(2杯か)が出現し、互いにその長い脚を振り回し、殴りつけ合い、遂には絡め合い、くんずほぐれつのバトルで暴れていた。暴れる度に書棚が吹き飛ばされ商品の本が撒き散らされるが、どうしようもない。
 小説変態化光線を浴びた書物は、その小説をもとに異形の姿に変容し、見るも(読むも)無残で醜悪な姿として実体化するのである。
「巨大なイカ同士が戦っています」
「『ゲソ戦記』の変態形だ!」と店長。
 次の瞬間、イカがおっさん二人の姿に変化した。おっさん二人はしばらく睨み合っていた。なにか酒臭い。どうもかなり酔っているようだ。と、いきなり勢いよく大量に嘔吐を始めた。それを相手に向かってぶちまけようとしている。おい、おい、なんてことするんだ。ああ、書籍が汚れてしまう。
「サルトル?」
「違う。『ゲロ戦記』だ」と店長。

 フロアの奥から異様な臭いが漂ってきた。店長はそちらに行き愕然とした。慌てて後方に叫ぶ。
「皆、来るな。やばい。見ない方がいい」
 さすがにこれはグロい。勇気ある店員の一人だけが近寄って来た。
「何ですか?」
「皆に言うなよ。『炊いたんの幼女』だ」
「うげっ。限界だ。戻りましょう」
(注:「炊いたん」は出汁で煮込む料理の関西特有表現です)

 書店が入っている複合施設中央にあるホールは吹き抜けになっていて、その広い空間になにやら黒い物体が飛翔し始めた。目を凝らして見ると、後部に放射ノズルが並び、白熱したプラズマが噴射されている。丸みを帯びた艦体前方部分には、無数の錐状の砲塔がずらりと並んでいる。
「宇宙戦艦?」半信半疑で言う店長に、双眼鏡を持ってきて観察していた店員が頷く。
「そうです。あれは生頼範義型の一番艦ですね」
「と言うことは」
 エントランス方向から正体不明の白い円盤のような物体がこれまた多数、飛来した。宇宙戦艦が迎え撃ち、砲塔から無数の光線を発射し始めた。円盤は怯むことなく突進し、上部を分離した。ちょうど蓋を開けるように。すると中から白い粉末が大量に噴射された。粉末はたちまち宇宙戦艦群を覆い尽くして真っ白にしてしまった。戦艦側も負けじと更に多数の光線を発射したが、劣勢は否めない。
「ファウンじゃなかった、『ファンデーション対帝国』だ」と店長。

「あっちの棚がひどいことに!」
 慌てて駆け付けると、出版社ごとに整然と陳列されていたはずの棚から、次々と書籍が飛び出して空中を舞っている。飛び交う本はそれぞれが空中で向き合うと、本には口などないのに、猛烈に罵詈雑言を吐き、互いに罵倒し始めた。うるさくて耳ががんがんする。
「なんなんですか、これは」
「特定の出版社の本だけが変態したんだ」
「どこの出版社ですか?」
「そりゃ、中央口論社だろ」と店長。

「店長、窓の外を見てください」
 窓の外には、商業施設の拡張工事が行われていて、工事現場では土台にちょうどコンクリートが流し込まれるところだった。しかし何か様子がおかしい。工事関係者が言い争っているようだ。
「こんないい加減な基礎工事、やってられっかよ」
 工事作業員が怒り出し、現場監督が言い返す
「設計図の仕様どおりだ。つべこべ言わずにやれ」
「なんだと、この」
 作業員がヘルメットを地面に叩きつけた。
「おおっ、やるのか。やってやろうじゃないか」
 現場監督がそう言うなり、周囲にあったシャベルやつるはしが宙に舞い始め、一斉に作業員に襲い掛かった。
「危ない!」
 襲い掛かった道具類はぴたりと空中で静止した。作業員のひとりが両腕を拡げ精神集中していた。
「サイコキネシス・・・ですかね」それを見た店員が呟く。
「次はこっちからだ」
 別の作業員が叫んで精神集中を始めた。なんとミキサー車がゆっくり宙に浮かび始めた。
「やばい、超能力者同士の対決ですか」
「『現場対戦』だ。いや『真現場対戦』かも。いやいや『新現場対戦』か」と店長。

 窓から離れ、飛び交う書籍の群れを避け、カウンターに戻ろうとすると、突然、何十人ものお婆さんの集団が出現した。それも武装している。
「まずい、店の外に野次馬が集まっています」
 書店の自動ドアの向こうに、何が起こったのか興味津々で覗き込んでいる集団がいた。これだけの光景を見たくなる気持ちはわかるが、危険すぎる。中にはスマホで撮影を始めた者までいる。
 それを見逃したりするお婆さんたちではなかった。お婆さんの集団は、手に斧や剣を持ち、果ては光線銃を乱射しながら襲い掛かった。たちまちドアの向こうは阿鼻叫喚の修羅場と化した。野次馬たちは近くのテナントに逃げ込もうとするが、お婆さんたちはロケット噴射で飛翔して追跡し、ひとりひとり命ある者を確実に抹殺していく。
「あれは?」
「『バァさんがー 皆殺し軍団』だ!」

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