第4章 「単位のことは歴史に学べ・後編」
「学問こそが最高の娯楽である」シリーズの第4章。このシリーズは毎週土曜日18時前後にアップします。
今回の話題は「単位のことは歴史に学べ・前編」からの続きになります。
前編では単位の役割や、イメージの大切さについてのお話でした。
今回は単位から学べる科学の歴史についてお話ししたいと思います。
科学の発展の歴史と国際的な時代背景をリンクさせると、理系の人でも歴史を学びやすくなるかもしれません。
内容は前編に比べると少し専門的な話が増えますが、文系の人が読んでもできるだけイメージしやすいように工夫しています。
1. 単位のルネサンス
前編では「身体尺」という単位を紹介しましたが、この手の単位は歴史が古く、しかも国や地域ごとに山ほどあります。
一方、「国際単位系」と言って、世界中で普遍的に使われている単位も存在します。
たとえば現代の日本人に馴染みが深い単位にm(メートル)とg(グラム)があります。
実はこれらの単位はいずれも古代ギリシャ語が由来となっています。
メートルは古代ギリシャ語の「メトロン(測ること)」、グラムは「グラマ(わずかな重さ)」が語源です。
どちらも古代ギリシャ語が語源ならさぞかし歴史が長いのだろうと思ってしまいますが、実はこの2つの単位はかなり最近(といっても300年ほど前)になって作られたものです。
実はここに世界史が絡んでいます。
皆さん、中学や高校の世界史の授業で「ルネサンス」という言葉を習ったことがあると思います。
これが代表的ですね。
・・・間違えた。
こっちやった。
このモナリザを書いたレオナルド・ダヴィンチ等の有名な芸術家たちが登場した時代です。
時代で言うとだいたい14世紀~16世紀ぐらいのヨーロッパで起こった現象です。
発端はイタリアで「古代の文化を復興しましょうや!」という運動が起き、それがヨーロッパ全土に広がったものです。(詳しくは世界史の本を読んでね)
ちなみにルネサンスというのはフランス語で「再生」を意味する単語です。
イタリアで始まったのになんでフランス語やねん、というとフランス人が後から名前をつけてそっちが広まったかららしいです。
さて、ルネサンスは文化運動なので、芸術や建築の分野での変化がよく知られていますが、実はこの時期に科学も大きく発展します。
かの有名なレオナルド・ダヴィンチは科学者としての顔も持っていました。
この時期の科学者たちの意欲的な研究を経て科学の知見は深まり、17世紀~18世紀には化学や物理の重要な法則が次々と発見されていきました。
世界史的にはヨーロッパはルネサンスを経て大航海時代(15~17世紀)が幕を開け、各地で宗教改革(16世紀)、国家間の大規模な戦争など様々な混乱の時代を経て、産業革命(18世紀)につながっていく、そういう時代ですね。
17世紀以降は、ニュートンなど有名な科学者たちがたくさん登場し、科学の体系化が進んだ時代です。
そして、この時期に重大な問題が持ち上がりました。
名づけて「国によって使ってる単位全然ちゃうやんけ問題」。
そもそも、フィート(足の長さ)って人によってちゃうやん?これおかしない?
長さがちゃんと決まってないと厳密な実験はできないし、例えば実験の方法を紙に書いて残しても、それを別の国の人が読んだときに単位が違ったら全然役に立たんやんと。
そこで、国際的に統一された、どんな状況でも絶対に変わらない単位を決めましょうという機運が高まりました。
これが「単位のルネサンス」です。
私が勝手に名前をつけました。
ルネサンスの流れで科学が発展したためか、この時代に生まれた科学用語はラテン語やギリシャ語に由来するものがたくさんあります。
メートルやグラムという単位もこの時代に生み出され、ギリシャ語由来の名前がつけられたというわけです。
キロやミリといった接頭辞も全部ギリシャ語・ラテン語由来です。
こうやって生み出された単位はメートル法と呼ばれ、のちに「国際単位系」に発展してゆきました。
2. 絶対的な基準?
突然ですが、地球の赤道一周の長さって、知ってますか?
地球一周の長さは、ほぼ40000kmです。
すごくキリの良い数字なんですが、これは別に偶然ではなく理由があります。
実は、メートルという単位は地球一周の長さを基準に作られたのです。
より正確には、「子午線1/4相当の距離の1/10000000」という定義でした。
決めたのは当時最も権威があったフランス科学アカデミーです。
地球は完全な球ではないので、赤道一周と子午線一周は厳密には同じではないのですが、「地球一周は40000km」と覚えてもほぼ問題ありません。
なんでこんな決め方をしたのでしょう?
科学者たちは、「変化しない絶対的な基準」にこだわりました。
そして、この当時は「地球はなくなることはない」「地球の大きさは一定」と考えられていたので、これを基準に決めてしまえばいいだろうと考えたのですね。
それにしても、とんでもない大きな規模で考えたものですね。
この時期はいわゆる上述の大航海時代を経て、ヨーロッパの国々が世界を股にかけて覇権を争った時代とも被るため、当時のヨーロッパ人たちは調子に乗っていたのかもしれません(笑)
一方で、1グラムの定義は1立方センチメートル(ミリリットル)の体積の水の質量と定義されました。
こっちはずいぶんと規模が小さい(笑)
これも、「体積が同じだと、水の重さが毎回同じ」という事実から「絶対的な基準」として評価されたのです。
こういう「単位の定義」とういうのは、理科嫌いの人にとっては凄く鬱陶しいと思うんですが、知っておくと意外と便利なときもあります。
例えば水1mLの重さが1gとわかっていれば、500mLのペットボトルは約500gとか、簡単に計算できます。
ちなみに、現在ではメートルもグラムも厳密な定義自体は変わってしまっていますが、実際の長さや重さは当時とほぼ同じです。
3. 人名が単位になった時代
メートルやグラムに比べると、一般人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、物理の世界には人名が由来の単位が山ほど登場します。
たとえば電気に関する単位では、アンペア(電流)、ボルト(電圧)、オーム(電気抵抗)は全部人名です。
この手の単位は、すべて18世紀以降に作られたもので、「関係する科学者の名前」が使われています。
なので、単位の元になった科学者について色々調べてみれば、その分野の歴史的経緯を勉強することができます。
これについては、すごくアツく語りたいところなんですが、
ぜんぜん興味ねーわ。
とか言われそうなので、いくつか代表的なものを抜粋した表を示すだけで我慢します。。
なんか気になる単位があったら自分で調べてみてくださいね。
4. 国際単位系の定義
この節は少し理系の人向きの話になりますので、しんどければ軽く読み飛ばしてください。
上で紹介した「国際単位」とは、フランス語の「Système International d'unités」を略してSI単位と呼ばれます。
高校以降で学習する物理学では原則的にこの単位を使うことになっています。
長さ:メートル(m)、質量:キログラム(kg)、時間:秒(s)、電流:アンペア(A)、温度:ケルビン(K)、物質量:モル(mol)、光度:カンデラ(cd)
これ以外の物理量の単位は、この7つの基準単位の組み合わせで表現することができます。
というより、最初の4個(m、kg、s、A)の組み合わせで、後ろ3つ(温度、物質量、光度)以外の単位はほぼ全部表せます。
これをMKSA単位系と言います。
いくつか例示するとこんな感じになります。
面積:m^2
体積:m^3
力:(m・kg)/(s^2)
圧力:kg/(m・s^2)
仕事、エネルギー:(m^2・kg)/(s^2)
仕事率、電力:(m^2・kg)/(s^3)
電圧:(m^2・kg)/(s^3・A^1)
・・・どう思いますか?
面積や体積はまだしも、他の単位は書くのも面倒くさいですよね?
「このボンベの圧力を教えてください。」
「800000 kg/(m・s^2)です!」
そもそも、これなんて読むねん。
そこで使われるようになったのが「人名単位」です。
力:(m・kg)/(s^2) → ニュートン(N)
圧力:kg/(m・s^2) → パスカル(Pa)
仕事、エネルギー:(m^2・kg)/(s^2) → ジュール(J)
仕事率、電力:(m^2・kg)/(s^3) → ワット(W)
電圧:(m^2・kg)/(s^3・A^1) → ボルト(V)
すごくすっきりしました。
このように、MKSA単位系を基準とした物理量に対して、簡略化した単位を当てはめる役割を果たしたのが「人名単位」です。
これに加えて、キロ、メガ、ギガ、ミリ、マイクロ、ナノといった接頭辞を組み合わせて、科学の国際単位は構成されました。
電気系の機械の仕様書などを見ると、キロジュール(kJ)、メガワット(MW)、ミリボルト(mV)といった単位が出てきますね。
5. 結局は使い勝手が一番
人名単位や接頭辞のおかげで、見た目はすっきりしたけど、まだ問題があります。
「このボンベの圧力を教えてください。」
「800000 Paです!」
数字がでかい!
ここで、キロを使うと800kPa、メガを使うと0.8Mpaになるんですが、どちらもなんかイマイチです。
前回、人間が認知しやすいのは1~100の間に収まる数値が望ましいという話をしました。
そこで便利なのが「気圧(atm)」という単位。
標準的な大気の圧力は約100kPaですので、これを単位にしてしまおうという発想です。
そうすると
「このボンベの圧力を教えてください。」
「8気圧です!」
どうでしょう?
「大気圧の8倍ぐらい」って、ものすごくイメージしやすいですよね。
「部屋の温度は何度ですか?」と聞いて、「298ケルビンです。」とか言われたら「しばいたろか」と思いますよね。
「サイの体重は?」と聞いて、「2メガグラムです。」とか言われてもピンときません。
科学の世界でも、例えば液量は立方センチメートル(cm^3)よりもミリリットル(mL)の方がよく使われます。
ちなみに料理のレシピなんかに出てくる「シーシー(cc)」という単位は、立方センチメートルの英語読み「cubic centimeter」のイニシャルをとったものです。
日常生活でも、物理学や化学の世界でも、結局は「使い勝手がよい単位」は根強く残ります。
前編で書いた通りです。
数字の大きさがちょうどよく、単位のサイズがイメージしやすく、これらの事情があいまってすでに皆が使い慣れていれば、今更変えられない。
単位を統一すればすっきりするとは限りません。
単位がたくさんあるのは、人間の認知能力に合わせた妥協の産物なのです。
6. おわりに
前後編にわけて単位について語らせていただきましたが、いかがだったでしょう?
自分でも書きながら「読者との温度差いかついやろな」と思いながらも、できるだけ小難しい話をなくして興味を持ってもらうように工夫はしたつもりです・・・。
とにかく私が言いたかったのは
単位から学べることは結構多いので、追及すると面白いですよ。
ということですね。
以上です。
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