第26章 「検診の意味」
「学問こそが最高の娯楽である」シリーズの第26章。このシリーズは毎週土曜日18時前後にアップします。
今回は、厳密に言うと自分の専門外である医療の話です。
私は一応、医工連携領域の研究をしているので、医療従事者じゃない立場でありながらも、比較的近い位置で医学領域の知識が入ってきます。
そこで、自分自身が長いこと誤解していたことで、とても重要な話だと思うので、書くことにしました。
1. 健康診断と検診
一般的に「けんしん」というと「検診」のことなのですが、健康診断のことを略して「健診」と呼ぶこともあります。
皆さんが普段、学校や会社で受けている健康診断は健診です。
健診では、身長・体重・血圧などの比較的簡単に調べられる項目を検査して、受診者の健康状態をチェックするものです。
これによって病気を特定できるような効果はなく、異常所見が見つかった場合は再検査などで詳しく調べて病気を特定しないといけません。
病気を見つける手がかりになるようなものですね。
数値の推移を見ることで、生活習慣の改善を促し、病気を予防する目的もあります。
どちらかというと、こっちの意味合いの方がメインかもしれません。
ちなみに、メタボ健診は医療経済学的にはあんまり病気の予防効果はないそうです。詳しくは「原因と結果の経済学(Amazonアソシエイトのリンクになってます)」を参照。
一方、検診は「特定の病気を見つける」ために行う検査のことです。
「乳がん検診」などがそれにあたります。
2. がん検診の目的
さて、がん検診の目的とはなんでしょう?
「がんを早期に発見し、早期に治療すること」
ではありません。
え?
って思いませんか?
実は私もずっとそう思っていました。
これ、間違いなんですよ。
ちなみに、お医者さんでも勘違いしている人は結構います。
開業医のホームページに堂々と書いているケースも散見されます。
だから、わりとよくある勘違いだと思ってください。(医者はわかってないとダメなんですが…)
がん検診の目的は
「死亡率を下げること」
なんです。
一見すると、「がんを早期に発見し、早期に治療すること」と同じことに聞こえるかもしれません。
いや、実際、私もそう思ってました。
違うんですよ。
「がんを早期に発見し、早期に治療すること」は、手段のひとつであって目的ではありません。
手段と目的をはき違えると、誤った結論を導き出してしまいます。
3. がん検診の限界
さて、なぜ「がんを早期に発見し、早期に治療すること」を目的にしてはいけないのかについて。
例えば、乳がんを例にとってみます。
日本では、40代以上の女性に対して、マンモグラフィを使った乳がん検診が推奨されていますが、欧米では50代以上では推奨されるものの、40代以上の女性に対しては推奨されていません。
そして、日本でも30代の女性には推奨されていません。
検診をすれば、早期に発見し、早期に治療できる可能性があるにも関わらず、なぜ推奨されないのでしょうか。
これは、検診の限界によるものです。
まず、検診は100%ではありません。
本当はがんじゃないのに、がんかもしれないと診断されたり、がんなのに見つけられなかったりします。
そして、若い世代ほど、そのリスクが高いのです。
例えば30~40代の女性に多い高濃度乳腺の場合、マンモグラフィで病変を見つけるのはかなり難しくなります。
でも、見つけられる可能性があるなら、やっといて損はないやん!
という考えは間違いです。
乳がんの罹患率は40代後半から上がるので、30代から40代前半の女性の低く、そもそも検診を受ける必要性が低いのです。
例えば米国予防医療サービス専門作業部会(USPSTF)の2009年勧告では、40~49歳の女性に、1~2年に一回の検診を行って乳がんによる死亡を防げる可能性はかなり低いと結論付けています。
「もしかしたら乳がんかもしれない」という検査結果が出て、さらにちゃんと調べるとなると、針生検というかなり負担の大きい検査が必要になってきます。
そういうデメリットをしっかりと考えた上で、検診を推奨すべきかどうかの判断がなされているわけです。
また、乳がんを正しく診断できる乳腺専門医の人数は限られています。
専門医は検診だけが仕事ではなく、すでに乳がんになっている患者の治療も行わなければいけません。
そういう状況の中で、乳がんの可能性が低い世代の女性まで全部検診するなんてことになれば、なにが起こるか容易に想像がつきますよね。
乳腺専門医の人手不足を助長し、本来受けるべき世代の検診が滞ったり、乳がんの治療にも影響が出てしまいます。
4. 健常者の甲状腺検査はやっちゃだめ
さて、今回この記事を書く気になった一番の理由は、Twitter経由で下記のような情報を見たからです。
3・11後の健康を考える学生・子ども甲状腺エコー検査@東京学芸大学(2018年12月16日実施予定)
これ、マジであかんやつ。
本職の医師が書いたブログがあるので、こちらがとてもわかりやすいです。
なぜ子供甲状腺エコー検査が批判されるのか、その理由はこれ!!(五本木クリニック院長ブログ)
こちらのブログを読んでいただければわかるんですが、一応、私の方でもちょっと表現を変えて解説させてください。
検診には推奨グレードというものがあるんですが、USPSTF勧告で甲状腺検査は堂々の「D判定(やっちゃダメ)」です。
A: 強く推奨される
B:推奨される
C:推奨されるほどの十分な根拠がない。有効性が期待できる可能性がある場合をC1、期待できない場合をC2として区別する
D :行わないよう勧められる
「推奨されない」のではなく、「やらないことを推奨」されています。
なぜなのか。
理由は簡単です。
甲状腺がんは、早期発見のメリットがありません。
なぜなら、症状が出てから治療しても十分に間に合うからです。
むしろ、たまたま異常所見が出てしまった人は、特に意味もないのに経過観察や精密検査などといった、不要な負担を強いられることになります。
例えば、被験者に対し、「甲状腺検査は被験者に何のメリットももたらさない」ことを丁寧に説明し、納得してもらったうえで、疫学調査の目的で行うというのであれば、まだわかるのですが、どうもそんな感じじゃない。
被験者は、おそらく「意味がある(デメリットがない)」と思って受けに来ます。
学芸大学は、おそらく「善意から」子供たちにこれをやろうとしてるわけです。
検診の目的をはき違えてるわけですね。
動機が「善意」なら、結果が「悪」でもいいじゃん、なんてことにはなりません。
結果オーライって言葉はあっても、動機オーライなんて言葉はないですよね。
何を隠そう、私も以前は「とりあえず安心のためにも調べてみるだけ調べてみたらええやん」なんて思ってました。
ちゃうちゃう。
たまたま異常所見が見つかろうもんなら、その人の人生に大きな不利益をもたらすこと請け合いです。
あかんで!マジで!
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