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《木曜会:4月11日》

ヒゲの男は、なんだかヘロヘロな状態が続いている。期日が迫っていたいろいろな仕事は無事に世の中へ出て行き、ホッとしたのかどうなのか、とにかく体がスッキリしない。非常に気だるい。季節が春になったからかも知れない。見渡せば、そこいら中に気だるそうな人が沢山いる。

ヒゲの男は木曜会に出席するため、北浜にあるコロマンサに行く。しばらくして冷泉が高価なウイスキーを片手にやってくる。「ファラオさん、今日は休むみたいですね」と持ち込んだウイスキーを飲みながら冷泉は王様の不在を教えてくれた。

2人で飲んでいるが、特に会話はない。出会いから数えて、お互いに会話がなくても一緒に飲めるぐらいの時が経ったのかと、改めてここ数年でいろんなことがあったと実感する。冷泉と出会ったとき、ヒゲの男はコロマンサを経営しており、その後、派遣社員となり大阪市税で働き、40才を過ぎて人生初のリーマンになった。

冷泉は出会ったときから冷泉であり、ここ数年で細かいトレンドの変化はありながらも一貫して『IT』事業を扱っている。冷泉から見れば、ヒゲの男の活動範囲の変遷ぶりは現代のカメレオンのように映るかも知れない。その冷泉、現在ChatGPT魔改造の事業がとても良いスタートが切れているという。

しばらく2人で飲んでいると、データプロバイダーの会社を経営するCEOシゲオと監査役の男がやってくる。

「あれ?今日は(木曜会にいる人が)これだけ?」と、素っ頓狂な声を上げたのはCEOの方だ。シゲオが店に来る日は先週(4/4)もそうなのだが、非常にやかましい日が多い。わざわざ選んでガヤガヤした日に来ているのではないかと言わんばかりに、狭い店が人で溢れて、その向こう側でアップアップした表情をしているCEOシゲオの光景は見慣れている。

Google Mapで『北浜のcafe & Bar クントコロマンサ』を検索して、幾つか画像を見て見ると、やはり、人混みに圧迫されているCEOシゲオを確認することができる。包丁を握って笑う冷泉の姿も確認することができる。

一見さんは、この店に入る前こうした情報ソースを頼るそうだが、この冷泉の写真によってどれだけの人が魔界に入らずに済んだのだろうと考える。

しばらくして、ウイスキーを2本持ってWEBディレクターのアラタメ堂のご主人がやってくる、すぐ後にデザイナーの浦部もやってくる。そして映像ディレクターのタケちゃん、最後に芸能事務所を運営するホテル暮らしSSKMSYK氏の登場をもってして本日の参加者が一同に揃った。

デザイナーの浦部君が何か見覚えのないものを体から外す。パッと見は黒のボンデ―ジファッションである。

「それは、山咲千里的なボンデ―ジかい?」(ヒゲ)
「古い!誰がわかるんですか」(アラタメ堂)
「ははは、違いますよ。コルセットです」(浦部)

なるほど、聞くところによると浦部君は腰が悪いそうで、最近、医者へ行った折に軽いヘルニアであると診断されたのだそうだ。この日の木曜会は腰が悪い人間で溢れかえっていた。

CEOシゲオ:ぎっくり腰
アラタメ堂のご主人:慢性的なひどい腰痛
浦部君:軽いヘルニア
ヒゲの男:坐骨神経痛からくる腰痛
SSKMSYK:聞いていないが、多分、腰痛持ち
監査役の男:こちらも聞いていないが、眼鏡がおしゃれなので、まず腰痛持ちで間違いないだろう
タケちゃん:整体に行くのが日課なほどの腰痛持ち
ファラオ:この場にすらいなかったが、確実に腰痛であって欲しい

この中に冷泉はいない。彼自身は腰に悪いところはないのだが、腸が悪いとのことを随分前に教えてもらった。「やから、酒を控えな、アカンのです」と冷泉はヒゲの男に酒を飲みながら話してくれた。この日、ファラオがいないため浦部君のコルセットは男たちのおもちゃとなった。

ヒゲの男がまずは浦部君の黒いコルセットを着用してみる。「おお」これは非常に具合が良い、腰がコルセットによって安定すると姿勢が伸びる。身長178センチのあるがままの自分へと、よみがえったようである。

次に、オレもオレもとタケちゃんがコルセットを着用する。木曜会の一堂から歓声があがる、背筋の伸びたタケちゃんはいつものタケちゃんではなく、エグゼクティブなタケちゃんとなり、その存在はオーラに輝いていた。

「僕も、着けたい」と進み出てくるのは黒いIT参謀の冷泉。浦部君のコルセットはあちこちに手渡されて忙しい。冷泉がコルセットを着用して何と感想を漏らしたのか失念してしまったが、すぐにコルセットのことなどどうでも良くなったのか冷泉は上半身裸になり、万作と殴り合いをしていた。

「今日の木曜会には女性がおらへんな。珍しい」とCEOは呟く。

おっさんたちが猫の額のように小さな店に集まり、コルセットを着用しあったり、「ええ音、響かせましょう」と殴り合いをしたりする会に女性陣がいなかったことが大変な救いであった。

現場からは以上です。次回は4月18日となります。



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《番外編》

4月5日(金)——。

勝手のわからない案件についての、社内会議に出席する。

案件とは、とある会社のオンラインとオフラインを合わせた『ハイブリッド会議』なるものを運営せよという指令だった。事前に説明会もあり、現場視察にも行ってきた社内のWEBディレクターの男より「阿守さんも本番当日は予定を空けておいてください」と言われてはいたが、自分のプロジェクトじゃないのでまったく他人事で考えていた。

内容は知らないが、チラと耳にしたところによれば、なんとも面倒くさそうな案件であることはわかった。それを踏まえて、社内の会議室に入ったとき驚いた。なぜなら、ホワイトボードへ非常に汚い字で『総合ディレクター:阿守』と殴り書かれていたからだ。

総合ディレクター・・・とは

この取って付けたような偉いのか偉くないのか、権限範囲のなんともわからない役職名は何を意味するのだろうか。

「えっ、何をするんか、なんも知らんのやけれど」(阿守)

「適任者は阿守さんしかおらんなと思ってます」(映像:D)

「いやいや、おかしいやん。早い段階から説明会とか企画や現地視察に入ってたんやったらわかるけど、僕、何があるんかまったくわからんで」(阿守)

「皆が阿守さんしかおらんって言うてます」(WEB:D)

「皆って誰?そもそも総合ディレクターって何やねん、これ一般的な言葉?総合プロデューサーとかやったらイメージわかるけど、総合のディレクターって初耳やわ。ゆりかごから墓場まで面倒みますみたいな感じやん。イヤや。やめたい」(阿守)

会社の会議室内でヒゲの男以外は、やたらとニヤニヤして愛想が良い。今でも田舎から出てきた大学1回生を捕まえてファミレスなどで開催されている、マルチ商法勧誘の愛想の良さだ。本番まであと5日しかないので、ああだこうだいっても仕方がなく引き受ける代わりに条件を出す。

条件【本番と全く同じシチュエーションにして、一切のミスが出なくなるまで繰り返しリハーサルに付き合うこと】

その場にいた全員が承諾したので、早速、その日に社内の機材をかき集めてクライアントが希望する環境を造成できるのか何時間も検証する。正解がない中、これを繰り返しても時間のムダやなと感じたので、皆でスシローでも行こうと言って、検証は終了した。

わかったことがある。「無理やん」ということである。

4月6日(土)——。

アメ村にて独特のカルチャーを発信する『FARPLANE』オーナーのロビンより連絡があったので、午後21時頃にちょっとお邪魔するつもりでの入店であったが、気が付くと朝の4時になっていた。

4月7日(日)——。

トイレのために起きる。今、先ほどFARPLANEから帰ってきたばかりで二日酔いがひどい。揺れ動く頭ではあったがLINEのチェックをする。チンピラの男から連絡があり「息子2人が万博公園で演奏しているが、ギタリストが発熱のためお休みとなった。代わりにサポートしてくれないか」という内容だった。

先週、アラタメ堂のご主人に誘われて正雀駅(吹田市)まで行き、ヒゲの男は愚かにも小遣い欲しさに正雀から淀川を渡り大阪市内までギターを担いで歩いて帰ってきたため、疲労が抜けていない。「残念だけれど、今の状態では協力できないわ」と断ろうとしたが、交通費が出るとLINEに書いてあった。それは、魅力的な額面だった。

ヒゲの男はさっさとギターを担いで、長蛇の列を成す万博公園に向かう。この日の万博公園は花見客で入場規制がかかるほどの大盛況であった。今年は例年より寒さが長く、桜の開花が遅かったため、子供たちの休暇中で花見を楽しめる期間も短く、来場者が集中したのかも知れない。

チンピラの男は入場ゲートでヒゲの男の到来を待っていた。「アモさんの自由にしてもらっていいんで」とチンピラの男は言う。これにデザイナーの浦部君夫妻が加わり、一同連れ立ってステージらしき路面上に白線が引かれた場所へ行く。すでに演奏者が待機している。

ベース:ドラゴン
ギター:スター
ドラム:タイガー

全員中学生だ。これに彼らのレパートリーを1曲も知らない状態の46才のヒゲの男がどのように混ざるのかとなんだか不安になる。不安は的中した。

これはストリートの演奏における課題点で頻繁することだが、率直に言えば、場に求められていない感がする。彼ら彼女らの圧倒的多数は花見を口実として、充実した休日を過ごすため公園に来ているのであり、それ以上のインプットを求めていないため、ライブは非常に難しい状況であった。

1ステージ目の1曲のみを弾いて、ヒゲの男はステージから降りる。まずは花見をしている周囲の人たちを観察するために時間をもらった。家族連れが多い、子供連れも多い。3人の中学生はファンク音楽を演奏し続ける。ずっと観察していると気づきがあり、『成功』のイメージが虚空から降ってくる。

絶妙なファンクが3人によって演奏されているが、この絶妙さは周囲に伝わっていない。バンドに音楽以外の主体性がないからだ、主体性というよりバンドのキャラクターや個性が見えてこないのだ。

私たちはここへ何を伝えに来たのだろう・・・。
延々と考えていると、ひとつのイメージが浮かんだ。

イカれたヒゲのおっさんが、自分にとっておいしいところ以外を中学生に全て延々演奏させて、おいしいところだけ自分もバンドの演奏に加わり、自分だけ気持ちよくなってマイクパフォーマンスをしまくるというイメージだ。

「よし!俺はジェームス・ブラウンになろう」

ジェームス・ブラウン(1933-2006)
アメリカ合衆国のソウル歌手。アフリカ系アメリカ人で長きにわたり一般的な人気を博した。

チャッチャッチャッチャ♪小気味よいファンクのビートを3人が演奏する。ヒゲの男はMCをする「万博公園にご来場の皆さま、ちょっとうるさくしますが失礼しますよ。公園にいる子供たちはこちらに遊びに来てください、一緒に演奏しましょう」と。

子供たちがゾロゾロとやってくる、チンピラの男はやって来た子供たちにあらかじめ持参していた楽器を持たせていく。ヒゲの男は、音がする方に吸い込まれてきた子供が叩く打楽器のリズムをバンドメンバーに聞かせて模倣させる。

「皆さん、これはこのお嬢さんが今、作ったビートです。あなた、今、作曲したんですよ。お嬢さんの魔法のビートがこのお兄さんのバンドに移りますよ」と言えばドラムのタイガーは要領を心得ており、お嬢さんがカスタネットで叩いていたリズムをそのまま大きな音のバンドアンサンブルに落とし込む。

お嬢さんの目が「うわっ!」となった瞬間、ヒゲの男は成功を確信した。

1つのアイデアが幾人もの協力を得て、連鎖的に広範囲で多様なソリューションとして展開していくのがたまらなく楽しかった。特にチンピラの男は本人が医療従事者ということもあり、子供への接し方は専門的に巧く、人類において最高に機転の利く男の1人だと感じた。

真剣な顔でドラムを叩く子供。マイスティックでドラムを叩く子供。何をしていいのかわからない子供。とにかく飛び跳ねる子供。不思議なもので笑顔の子供に囲まれていると、自分がとても社会的に意義のあることをしているような錯覚が起きた。

彼ら彼女たち、またバンドのメンバーたちの笑顔が、ヒゲの男に怖ろしいほどの力を出させるのだ。人間とは不思議な生き物である。いつの間にか次のステージが始まる前には子供たちが自ずとステージへと集まって来ていた。

そう、伝えたかったことは「今日という日は、あなたたちが主役だ」ということだったのではないかと思った。マイクでワーワー言いながら、そう思った。この場において自分が何をするべきなのか納得できた。腑に落ちると人間は強い。

「メンバーを紹介します。全然知らない人たちもステージ上に沢山いますが、エコひいきしたらアカンので全員を紹介します」

「あなた、お名前は?」

「お嬢さんはリズム感ありますね。音大とか芸大とか出てはるんですか?」

「父兄の皆さま、皆さまのお子さんに今しがた楽器をお配りしているこの男は一見、反社みたいですが、いたって誠実な男ですのでご安心ください」

3人の中学生は1曲が15分くらいになっても安定した演奏を文句も言わずに繰り出してくる。とても頼りがいがあったため、ヒゲの男は指揮者のように好き勝手できた。大人同士では得難い「充実感」を久しぶりに体感できる日だった。ただ、怖ろしいほど疲れた。子供たちの無尽蔵なパワーたるや、彼ら彼女らのこれからの生きざまを見せつけられるようであった。

万博公園での演奏風景

万博から帰り、急に現実に目覚めたかのようにぼんやりしていると、音響エンジニアの小野浩司ばいから連絡がある。なんか仕事で一緒にできることがあればいいのになという内容であった。

4月7日は、妹の誕生日だった。母親は現在、四国八十八カ所を巡っている途中であり、その延長線上でこの日は娘と思い出のある道後温泉を歩くのだと
教えてくれた。

4月8日(月)——。

寝坊した。朝から体が痛い。クライアントから要求されたハイブリッド会議の実現のため、金曜日に仕込んでいた機材を改めて再検討してリハーサルを続けていくが、1歩進むたびにアクシデントが起きており、本番まで3日を数えるが絶望的な状態であった。

専門外のことについて、他の専門職のリーダーたちが集まりながら時間を過ごすのは会社としてあまりにもったいない。効率も悪い、とてつもなく生産性が悪い。

「もう、わからん!」

早速、音響エンジニアの小野さんにコンタクトを取る。今日この日まで、小野さんが2023年のG7広島サミットで音響オペレーターを担当していたことを忘れていた。夕方ごろ、サミッター小野浩司はヒゲの男の会社にやってくる。

リハーサルをしている社内の会議室に案内された小野さん、映像プロデューサーの男が開口一番「小野さん、この配線図を見て何がしたいのかわかりますか」と問う。小野さんは「あ~、わかりますよ」とフワっと答える。

小野さんが仲間に加わることとなった。

4月9日(火)——。

小野さんが頑張る。
皆は周囲で応援する。

4月10日(水)——。

本番当日。

小野さんが大成功させた。会社の皆は「スーパーマンが来た、スーパーマンが来た」と、とても古い表現で喜んでいた。

タケちゃんの映像も素晴らしかったし、ヒダ君のカメラワークも見事だった。会社の大先輩シャッセおじさんのカメラは完全に使えない画ばかりを抜いていたけどな。

ハイブリッド会議の終了後の片付け中


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