においのきおく
病院帰り、少し遠回りして立ち寄る町の景色が大好きで。
Google先生が5分だと仰る道のりを、軽く1時間ほどかけて歩く。
聞けばこのあたりは製造業会社が多い地域で、ワタシが歩くあたりには下請けの工場が軒を連ねているんだそうだ。
「あなたは好きだろうね」
とは、サオリさんの言葉。
身内なら誰でもご存じ。
ワタシにはそういう場所を見つけると、どんな時であれ、我を忘れて近寄ってしまう習性がある。
幼少期、ワタシの住んでいた団地は工業地帯から少し離れた場所にあった。
その中間に位置する幼稚園からの帰り道。
笹に覆われた細路地の傍らに、壊れそうなトタン屋根の小さな工場があった。
幼いワタシはその横を通るのがとても好きだった。
近寄るとムンと熱くなる空気と、金属が加工される匂いと機械油の焦げたような香り。
シャッターの隙間から覗くと、まだ昼間なのに薄暗い室内に、白く眩い火の粉がひっきりなしに床に吸い込まれていく。
所謂スチームパンク、な感じ。
そんな言葉は知らなかったけれど、幼稚園児の頃にはもうそんな光景に憧れていた。
おそらくあの辺りも、町工場が多かったんだろう。
その道を通る日は、いつもワクワクしていたのを覚えている。
2020年夏。
またも病院帰りに買い物散歩にくりだしたワタシは、相変わらず錆びた階段や配管、古いメーターに釣られてフラフラと人様の敷地にシレっと入っては写真を撮っていた。
ふと、細く硬い金属が鉄に穴を開けるような「キーーン」という高い音が耳に入った。
振り返ると、曲がり角の向こうから、あの工場の匂いと生温い香りが漂ってきた。
脳裏に浮かんだのは、刈り取られずに膝より上まで育った草むらと、蔦の絡まる工場の壁、全然脱出できない森の木漏れ日。
強そうな棒を振り回しながら一緒に駆けていたのは誰だったっけ。
三つ子の魂百まで。
あんまり穏やかな光景ではないけれど、団地も含め、高度成長期の終盤の香り残るあの光景が、ワタシの原風景なのだろう。
長閑な景色やら広大な事前の写真が上手じゃないのは、きっとコレが原因なんだろうな。
山奥やら海にはなかなか郷愁をおぼえない。
むしろ自然の豊かな所に行くと、
「すげー!なんだこりゃー!これ現代かよ!」
と驚愕してしまう。
それはそれで、好きではあるんだけど。
生きていけるかと言われれば、なんとも言えない。
まあ、我ながら「らしい」なぁ。
知らんけど。
あまから。
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