手のひら〔改訂版〕


熱をはかる
料理する
洗濯物を干す
書類を書く
電話を取る
パソコンを叩く

手を
つなぐ


         一


私が看護師に戻ってから、聖との関係はすれ違いになっていった。
聖はバンドマンだ。
楽器なんて誰が弾いても同じだって思ってたけど、聖が弾くキーボードは生きてるみたいで、泣き節は震え、バラードは“ため”、ワイルデッシュは徹底的にワイルドなのだった。
声もいい。
バンドは三枚目のCDを出し、四枚目はアルバムだという。
インディーズとしてはかなりなものだと思う。
けど。

もうすぐ食えるようになるよ

だけでは生きられない。
私は仕事復帰した。

夜勤とか早番とか、私は不在が多い。
ふつうに日勤こなして帰ると、聖はバンドの仕事でいない。
ライブだけでも遅くなるのに、彼周辺のバンドマンは昔風で、朝まで飲む。
朝方へべれけで帰って来る聖。
私は仕事。
すれ違いの日々。
これではよくないと。
私たちは各々に、ブログを書くことにした。

メール送り合うだけでよくないか?
最初はそうも思った。
でもメールだけだと、

帰りに人参買ってきて

だの、

鍵どこ?

だので。
連絡メモみたくなっちゃう。
情も通わない。
ではどうするか。
ブログ。
互いに互いをリスペクトするブログ。
それなら互いに読むじゃない?
な感じで始めたのだ。

はろーCQ聞こえてますか?

これが私のブログ。

キーボードやってます。

これが聖のブログ。
最初はほんとに互いに向けてだけ書いてたんだけど…

s→m

かぜひかないようにね


m→s

きょうステリ(患者の逝去)があった。
遅くなる。

こんなの必ず添えあってて。
そうそう悪くもなかったんだけど。

でもいつからか私のは業務日誌みたいになり、聖のはライブの予定表みたいになっていった。
家にいない。
会話もない。
これ、結婚って言えるの?

コメント欄。
私のは、看護学生の相談が増えて行き、聖のは、

聖のは当然のように、ファンの交流の場になっていった。


         二


ひとりの少女が

ファンです

とコメントして、あとは雪崩を打ったように

私もです

私もです

私もです

△△でのライブよかったね

聖さんのキーボードがもっと聞きたい

どこで聞けますか?

聖さんかっこいい

実はギターも弾くんだよ

知らなかった!

声、いいよね

ソロCD出せばいいのに…

etc.etc.etc.etc.etc....


この頃にはほとんど私、かれのブログ見なくなってて、ソロデビューの話さえ師友(看護師仲間)に聞いた。
ねえねえねえねえねえ。
結婚って何?


s→mには今日も何もない。
私は私でステリが四人も続いて落ち込んでる。
落ち込んでるだけじゃない。
死の天使みたくあだ名つけられて、夜勤一緒に組みたくないとまで、師友に言われ出した…

いつの間にか、

彼はユ一チューバーにもなっていた。


休み。


どうしよう。
どこへ行こう。
家で寝てたい。
そしたら木の葉チャンが来た。
かなり年若い女の子。
ファン昂じてスタッフになる、典型的なパターンの子で、私は正直好きではなかった。

奥さん暇だったら、一日私に付き合ってくださいな

何で?

         三

美容院。
ショッピング。
食事していると、なんとギターの流しが来た。

一曲いかがですか。

え?
声?
思わず顔を上げると。

そう。
流しは聖だったのだ。

びっくりする私に構わず、聖は歌い出した。


白衣の天使との日々が
僕を支えてきたんだよ
でも
指輪一つのつながりでは
愛は冷えてゆく

僕の周りは賑やかで
君は遠巻き
目線投げても届かないほど
君は遠くにいる

一人一人に
なっちゃいけない
出会ったんだから
一人一人に
なっちゃいけない
愛したんだから

人気もでたよファンも続々
顔を隠して歩く日々
喜んでくれてるとばかりうぬぼれ
君をちゃんと見てなかった

忙しいだろ疲れてるだろ
僕も同じなのに
君の仕事は特別だから
邪魔はしたくない!

もう嫌いだと
言われたくない
愛したんだから
もう嫌いだと
言われたくない
愛しているんだ


いまも好き?
聞きたい
いまは嫌?
聞くの
怖くて


ネット越しではわからないだろ
僕らの絆
ネット越しではわからないでしょ
僕らの絆


何十年前ってノリの、フォークソングみたいな。


でも出会った頃、聖が路上で歌っていたのは、こんなタイプの曲だった…

走馬灯のように走り抜けた日々。
同棲。
そして結婚…

待って!

今日って…


私たちはブログをやめた。
『はろーCQ』の代わりに、私は後輩を直に指導し、『キーボードやってます』は『キーボードもギターもやってます 聖でいずパート2』に生まれ変わって、管理も木の葉チャンに移った。
私と聖は互いを互いの手に取り戻したのだ。

これが私たちのケース。
春にはこどもが生まれる。
生身には、生身にしかできない交流があるのです。
きっとね。


それでも地球は回っている