私本義経 終焉

万策尽きる


敷地内に、兵は千人もいなかった。
数万の大群で洛中に入ったのにな。
あの商人に渡るように、幾ばくかの砂金を隠して行く。
物取りにさらわれぬといいが。
平氏に敗れ、行家に去られ、狸に頼朝の軍を呼び寄せられた俺たちに、唯一親切にしてくれた者だ。

あれも義経の配下だったのでは?

俺もそう思うよ巴。
でも人は何をしたかだろ?
狸は俺らを切り捨てたし、平家は和睦に応じようとしねえ。
行家なんか共闘してんのに、狸にあることないこと言いつけまくりやがって。
そんな俺の軍に、優しくしてくれたのはあやつだけだ。
ああ、義経。
義経もな。
あいつは俺の兵に、うまい粥振る舞ってくれた。
もうそれだけで遺恨なんかチャラだ。
それでも刀は交えにゃならねえ。
浮き世の義理ってやつだ。

あの者ら。
北陸宮お迎えの地でまみえました。
雑兵と思うて逃してやりました。
返す返すも残念でなりません。

そう言うな。
俺はちょっと嬉しいんだ。
最後に戦うだろう相手があいつでさ。

巴は泣かない。
女は何かとびいびい泣くものだが、巴は絶対に泣かない。
こどもの頃、二人の兄、兼平、兼光に、二人掛かりねじ伏せられた時さえ、巴は絶対泣かなかった。
手招くと、寄り来たので問うた。

口吸いしてえんだが。

巴は笑み~でも泣いてるようにみえた~、顔を寄せてきた。
鎧の革の匂いがして、俺は不意に、自分は末期であると感じた。

立ち上がる。
郎党を見下ろす。

東国も凶作だそうで、鎌倉勢は千人だそうだ。
ちょうど一対一で員数合わせもちょうどいいだろ?
みんな。
ぶちかまそうぜえ!!

おーっ!と頼もしい声が上がる。
みんな知ってる。
頼朝の軍は千人どころか…
でも騙されてくれてる。
今残ってるのは俺と最初から生死をともにしてきてくれた連中だから。
逃げてもいいんだぞ。
みんな。
いいんだぞ。


宇治川


川を挟んで対峙する。
多勢に無勢。
それでも従兄殿は挑んでこられる。
後白河法皇をお連れして、北へ逃れようなどありえぬでしょう。
それでは平家とおんなじだ。
どうしておんなじになってしまったんだ。
志の形は違ったはずなのに。
平家は二十有余年。
従兄殿は六十日。
私たちが勝つことは目に見えている。
その後は兄上が驕るのか。
天皇や法皇を鎌倉にお連れしようとするのか?
歴史が繰り返されるだけなのか?

やあやあ遠からん者は音にも聞け。
近くば寄って目にも見よ。
吾こそは源為義が次男、源義賢の忘れ形見・駒王丸、長じては源二郎義仲。
征東大将軍・木曽義仲なり!!

見事な名乗りだ。
俺はどう名乗ろう。
文案を頭に、言うぞ!と呼吸を整えたまさにそのとき!

先陣は俺が!

儂だ!

吾なり!

ずらり轡を並べてたはずの我が兵たちの中から、幾頭かが先駆けを企んだのだ。

待て!!

私の叫びは我も我もと抜け駆けする人馬の動きにかき消され、雪解け水かさ増した宇治川の流れの轟々とした音量にもかき消され。
宇治川の流れを気にせず真一文字に渡り、第一番に向かいの岸へ乗り上げた者が叫ぶ。

我こそは宇多天皇から九代目の後胤。
佐々木三郎秀義の四男。
佐々木四郎高綱、宇治川の先陣なり!

佐々木。
一族して、頼朝兄上の腹心中の腹心。
そしてあの馬は頼朝兄上のお気に入りの生食(いけづき)…

何かが私の中で弾けた。
生食。
私の唐針。
いつもお優しい範頼兄上と、いつも私をないがしろの…

頼…

そうした感情を、すべて戦にぶつけた。
たった千人の従兄殿の軍にぶつけてぶつけてぶつけて。
気づけば一人で五百人以上斬り伏せていたようだ。
雨霰の矢すら私の躰に当たる気もせず、当たっても感じず、私はただただ斬り下ろし続けていた。


粟津


凍りつく冷気の中、ただぽくぽくと馬は進む。
残兵十二。
範頼軍が三万。
義経んとこもそれくらい。
義経。
鬼神みてーに斬りまくってたなあ。
すげー迫力だった…

あがくのはやめよう。
俺の死は、あいつへの餞(はなむけ)だ。
願わくは、公家に騙されんな。
狸にも。
次生まれたら、俺、侍はやめとくわ。
兼平や兼光や巴と、その辺のガキとして生きてく。
義経。
俺の配下に山本義経ってのがいてさ。
その息子の名がまた義高ってんだよ。
でもって義高ってのはさ、俺が頼朝んとこに人質に出してる巴との間の子でさ…

矢が/

一閃して/

俺を/

貫いた…


義仲あああああっ!!!


兼平の声なのに、巴の声にも聞こえた。
きょうだいだからな、とか思ってるうちに、何もわからなくなった。


それでも地球は回っている