トリアージ


トリアージとは、災害等で多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や重症度に応じて治療優先度を決めること。
災害時故の限られた医療スタッフや医薬品等の医療を最大限にスムーズに進めるためにはやむを得ない措置ではある。
そうではあるが・・・



沙流川水域での巨大地震の際の、緊急医療体制を仕切った経験が、多分俺を変えたのだとおもう。
トリアージ。
救命優先順位を生存可能者のみと位置づけて、生死の基準、判断を下す。
そんな三カ月を送ってしまったことがきっかけで、俺は日本の今の、通常の医療体制を、すっかり疎ましく思うようになってしまっていた。
どうせしぬのになぜ助ける。
もともと助かる命じゃなかった。
だめだだめだとおもっても、ついついそういう考えをしてしまう。
無駄だと思いながらした救命行為は徹底を欠き、俺は立て続けに三人の病者を死に至らしめてしまった。
病院は俺を持て余し、折良く起きた外国の被災地に俺を送ることで、国内の失態を有耶無耶にしようとはかったのだった。

ああでも。
アルニシェン国での献身は、俺に再びの極楽をもたらした。
こいつを救おう、こいつはしなそう、この妊婦は救うが腹の子はしなそう、ミルクもオムツも手に入りゃしない、等々。
一見本格トリアージ。
でも実際は、俺の勝手な命の采配。
有頂天の日々。
しかも現地の連中は、心から感謝してくれてるのだ。

いっそこのままここ、アルニシェンに帰化でもするか。
医療王に、俺はなろうか(笑)。
そんなことを考えながら、休日、崖道を四駆で走ってたら、道の真ん中に悪ガキが突っ立ってて、俺の車になんか投げ付けてきやがった。
かなりでかい石、と気づいたときにはフロントガラスはがっと蜘蛛の巣状にひび割れてて、慌ててハンドル切り損ねた俺は、車ごと崖下へ真っ逆さま。
それでも医療者の車だ。
GPSもついてたから、すぐ発見された。
現地警察が俺をみつけてくれて、トリアージリボンを、え、待て俺生きてる、その色は、後回しだろ、だめだ、医療者だぞ!優先しろ!
優先してくれ、頼む、ああ頼むって、ここのことばでどう言うんだっけ。

ニホンゴワカリマスヨ、ダイジョウブ。

警察官はにっこり笑う。
警官の顔が仏に見える。
ありがたい。
休み明けからは、もうちょい真面目に勤務しよ、う?

タダアナタ、私ノ子ミステタネ。
無事ウマレルハズダッタ子ガシンデ、妻ココカラ身投ゲタネ。

え。
え?
え? にあたる単語、ヌア? だけが口をついて出たけれど、警官はただただ冷たく笑っていた。

日本ノにせとりあーじどくたー。
サッキノ子モ身内ヲアンタニヤラレタノヨ。
ウチトアノ子ノ身内ダケジャナイ。
コノ郡ダケデモ十二人以上アンタニ安易ニとりあーじサレタ。
自分ガサレル身ニナッタラ多分クルシミワカルヨ。

ま、待ってくれ、謝る!
謝るから!!

返事の代わりに酒がかけられた。
俺は休日、
飲酒運転で崖下に、
自業自得で落ちたことになるのだ。
いや、だとするとおかしいだろう、トリアージリボンの意味が変・・・

そんな程度のこと


気にしないかこの国・・・


警官が一度強く蹴ると、崖の途中にかろうじて引っかかってた俺の車は俺を乗せたまま木っ端のように舞い落ちていった。
落ちきってさえ、俺はしばらく生きていた。



沙流川水系災害時シリーズ作①

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