漂泊

51州目にぼくらは生まれた
星条旗のデザイン変更がけっこう大変だったらしい
ソルトレークのあたりには、モル□□教徒も多いから、ちょっとは揉めたりもあったらしいけど、世界が認めたぼくらの『国』、シオン州はいつも安定してる
老人たちはぶうぶう言ってる
エルサレムに国が建つはずだったって
イギリスもフランスもそれでいいって言ってたのに、いざとなったらイスラ□に遠慮しやがって、みたいな
だから老人ほど、エルサレム詣でにでかけたがる
極東の、日本て国の、大山参りや伊勢参りみたいに、しょっちゅう行ってはもめ事起こすんだ

夜半に爺ちゃんがぼくを起こした
起きろ
起きろ
そして逃げろ
逃げて逃げて、違う世界へ行け

違う世界?

ああ
違う世界
誰ももめ事は望んでない
でもどうしても聖地が欲しい連中が
『違う世界』を作り出す
あの扉

(と、浴室に通じるドアを指した)

の向こうまで、それはきてしまった
またどこかに、シオンを作らねば
われわれだって生き延びたい
彼らのように生き延びたいのだ

待って爺ちゃん
言ってる意味がわからない
ここ以外の、シオンがあるの?

ある
いやあった
ひとつはイスラエルという名で
エルサレムを首都として建国された
もう一つは敗戦国の一つ、日本
カントーと言われる一都六県をもらった
われわれの努力で今や本州全部がシオン
だがエルサレムの国も日本の国も、先住の民に巻き返された
どうしてだ
儂たちの神は最強ではないのか?

孫よ
ここもなくなる
次の未来はあの扉

(と祖父はこの部屋の、廊下に通じるドアを指した)

今度こそ安住出来るシオンを建国してくれ

爺ちゃんは、ぼくを廊下に出し、自分は部屋に残った
扉が閉まる直前に、ぼくは見た
爺ちゃんが、浴室のドアの向こうから来た何者かに火を放たれるのを
燃えながら爺ちゃんはぼくにつながる扉を閉め、燃える体でそこを守った

「爺ちゃん!!」

叫んでも叩いても、扉は二度と開かなかった


廊下は原野に通じていて、各家から出されたのだろう、三々五々にこどもが集まってきていた
銀色の乗り物が僕らを待っていた
次のシオンにゆく船?と心で聞いたら

そうとも
わが子よ

と答えが来た
主(しゅ)の船なのですかと問うと
それはまた答える

そうとも
わが子よ

単調な答え
AIなのかも知れない
でもぼくらに選択肢はない
ぼくらは乗った




三つの月の光を受けながら
シオンはゆっくり夜の世界へ入ってゆく
新しいシオン
先住生物は全部滅ぼしたのでもう二度と
住み家を奪還されることはない
だけど



またダケド?

うん
ダケド

ダケドここはチキュウじゃない
だろ

うちのバーサンもよく言う

チキュウってなんだ?
ばすけっとぼーるってなんだ?
年寄りの言うことはわかんねえ


でも



ボクは思う
この星・シオンはうつくしい
それがうれしい

それでも地球は回っている